甘やかす心と守る心(2)
夜の縁側に、甘い香りと夜風が混ざり合っていた。
碧が持ってきたケーキの箱はまだ半分残っている。けれど、誰も手を伸ばさない。
灯籠の光がゆらめき、鈴の音が静かな境内に響いていた。
「……俺はさ」
ぽつりと碧が口を開く。
夜風に揺れる耳が、いつもより少し低く垂れていた。
「玲亜が笑ってくれるなら、どんな無理したっていい。俺が傷ついても構わない。それで玲亜が守れるなら、それでいい」
その言葉は、どこまでも真っすぐで、無邪気で。
だけど同時に、危うい。
その瞳の輝きは揺るぎなく、純粋すぎて痛いほどだった。
「兄さん……」
宇汰の低い声が縁側に響いた。
普段の眠たげな調子ではなく、ひとつひとつの言葉を刻むような響き。
「それが一番、玲亜さんを苦しめるんだよ」
「え?」
碧が目を丸くする。私も思わず息を呑んだ。
「自分が傷つけば玲亜さんが泣く。無理をすれば、玲亜さんが背負う。……それがわかってない」
普段の宇汰からは想像できないほど、言葉には強さがあった。
碧は返す言葉を探すように口を開きかけたが、何も言えず、ただ私と宇汰を交互に見ていた。
「俺は……」
宇汰は一呼吸おいて、縁側に視線を落とした。
団扇を膝に置いたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「玲亜さんが無理をしないように、できるだけ“普通に”ここにいられるようにしたい。それが……俺にできることだから」
その言葉は冷静に聞こえるけれど、耳を澄ませば奥底に微かな震えが混じっている。
抑え込もうとしても漏れ出す心の色。
「宇汰……」
思わず名前を呼んだ。
彼ははっとしたように私を見て、すぐに目を伏せる。
眠たげに見える瞳の奥で、確かに何かが揺れていた。
(……守りたいだけじゃない。もっと……)
胸の奥にざらりとした感覚が走る。
宇汰自身も気づいてしまった。
兄のように無邪気に叫ぶこともできず、理屈で覆い隠してきた想い。
それが、はっきりとした形を持ち始めている。
「……ごめん。余計なことを言った」
小さく呟き、団扇で夜風を仰ぐふりをした。
けれど、その耳の先が赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。
碧はまだ不満そうにこちらを睨んでいたが、それ以上は何も言わなかった。
ただ、耳がぴくぴくと落ち着きなく揺れている。
それは怒りとも焦りともつかない揺れで、私の胸をさらに締めつけた。
縁側を抜ける夜風が鈴を揺らし、澄んだ音が長く響いた。
重たい沈黙の中で、私は自分の膝の上でそっと手を握りしめる。
その温度を確かめるように。
(……宇汰も、碧も。ふたりの想いの形は違うけど……)
胸の奥が熱くなり、私は目を閉じた。
自分の存在がふたりにとってどんな意味を持っているのか、少しだけわかってしまった気がした。




