町に溶け込む祈り(5)
数日後。
会社帰りに蒼月神社へ立ち寄った。
仕事の疲れもあったけれど、それ以上に、ここに来ると落ち着く気がして——気づけば足が向いてしまう。
けれどその日は、階段を上りきったところで思わず足を止めた。
境内の灯りはいつもと同じなのに、体の芯が妙に重い。息を吸い込むと、胸の奥がぎゅっと痛むような気さえした。
「……玲亜さん」
鈴の音に混じって呼ばれた声に振り向くと、拝殿の灯りの下に宇汰が立っていた。
薄明かりの中で、眠たげなはずの瞳が真っ直ぐにこちらを射抜いている。
「こっちに来て」
促されるまま、拝殿の前まで歩み寄る。
夜風が鈴を揺らし、澄んだ音が夜空に消えていった。
宇汰はしばらく私を見つめ、それから静かに口を開く。
「玲亜さん、この数日……人前でも、町でも、よく力を使ってたね」
「……あの時は仕方なかったの。子どもが危なかったし、私しかできないことだから」
「そう。……でも」
低い声に、胸がざわめいた。
宇汰の目は眠たげな色を失い、鋭さを帯びている。
その視線に射抜かれると、言い訳もごまかしもできなくなる。
「祈りを繰り返すほど、玲亜さんの“人としての部分”は削られる」
境内の空気が冷たくなるように感じた。
「僕と兄さんは、玲亜さんに繋がれている。けど……玲亜さん自身が壊れたら、それで終わりだ」
はっと息をのむ。
わかっていた。祈るたびに体が重くなり、日常の中でも時々呼吸が苦しくなる。
でも「守れるなら大丈夫」と、自分に言い聞かせてきた。
「……私、そんなに無理してる?」
「自覚がないのが一番危ない」
宇汰は淡々とした声で言う。けれどその声音は、氷のように冷たいはずなのに、不思議と優しさを孕んでいた。
「兄さんはきっと“玲亜がそばにいてくれれば大丈夫”って言う。
でも僕は……玲亜さんを守るために、敢えて言うよ。
このままじゃ、いつか“穢れよりも先に”玲亜さんが潰れる」
胸の奥がずきんと痛む。
宇汰がここまで強い言葉を使うのは、初めてだった。
彼は続けた。
「だから……力を使うときは、僕と兄さんに必ず相談して。
どんな小さなことでも、勝手に抱え込まないで」
夜風が吹き抜け、鈴がちりんと鳴った。
その音に重なるように、宇汰の声が低く響く。
「玲亜さんを失いたくないから」
——不意に、胸が熱くなった。
淡々と告げられたその言葉の裏に、深い想いが確かに込められているのを感じた。
「……宇汰」
声が震える。
けれど私は小さく頷いて、真剣に返した。
「……わかった。約束する。ひとりで抱え込んだりしない。……ちゃんと、ふたりに相談する」
宇汰は目を伏せ、それからほんのわずかに口元を緩めた。
眠たげな表情が戻り、肩の力が抜けていく。
「……なら、いい」
彼は縁側に腰を下ろし、団扇でゆるゆると夜風をあおいだ。
その横顔は相変わらず無表情に見えるけれど、どこか安心しているのが伝わってくる。
私は胸元のお守りを握りしめて、深く息を吸った。
夜空は澄み渡り、鈴の音がもう一度、涼やかに響く。
(……私、絶対にこの居場所を手放さない)
心の奥でそう誓いながら、私は境内の灯りを見上げた。




