お菓子と耳と、社畜の涙(6)
気づけば、神社に通うのが“日課”になっていた。
会社帰り、もしくは休日の午後。
ちょっと甘いものを買って、坂をのぼって、鳥居をくぐる。
最初はただ“逃げ場所”だった蒼月神社が、
今では“会いたい人がいる場所”になっていた。
境内のベンチに座って、おやつを分け合いながら他愛もない話をする。
それだけなのに、不思議と疲れがふわっと抜けていく。
ある日は、缶コーヒーを差し入れたら碧がすごく苦そうな顔をして。
「これ苦い! 玲亜、罰ゲーム?」
「ちがう、普通のだし……大人になったら飲めるようになるよ」
「……じゃあ、俺、子どものままでいい」
そう言って、甘いカフェラテに切り替えた彼の顔が、なんだかちょっとずるかった。
ある日は、境内に落ちてた落ち葉を「葉っぱポイント」と名付けて集め出して。
「こっちの色、めっちゃきれい! 玲亜、見て見て!」
「……小学生かあんたは」
でもそのあと、真剣に葉っぱで“おやつポイントカード”を作ってくれたのは、さすがに笑ってしまった。
こんな風に、一緒に過ごす時間が、静かに積み重なっていった。
そして今日も、私はまたここに来ている。
「碧、いないのかな……」
拝殿の前にお菓子を並べても、返事はない。
境内を見渡しても、それらしい気配はどこにもなかった。
(今日は会えない日?)
なんでもない日常なのに、なんだか、少しだけ寂しい。
ふと、境内の一角──狛犬の像の横に、誰かがうずくまっているのが見えた。
「……?」
近づいてみると、それは赤い髪の──そして、碧とそっくりな顔をした青年だった。
彼は石段の影に腰かけたまま、うとうとと舟を漕いでいる。
……耳、ある。しかも、垂れてる。
もふもふ度合いは碧と違って、ふにゃっとしている感じ。
まるで、眠そうな子犬そのものだった。
「……ええと、碧……じゃないよね?」
「んー……ちがう……うた……うたです……」
名前、名乗った……寝言で。
困惑していると、ふいにその青年がゆっくりとまぶたを開けた。
眠たげな目がこちらを見て、小さく首を傾げる。
「……あれ。人間?」
「あ、人間です。春瀬玲亜っていいます。碧の……知り合いで」
「ふーん……玲亜さん……ああ……なるほど……兄さんがよく話してた……」
ぽつぽつと話す声は、ゆるくて、やさしくて、どこか心地いい。
「兄さん、いま神域のほう。俺は……ちょっと眠くて……ずっとここで、昼寝……」
「そ、そうなんだ。じゃあ……また来たら会えるかな、碧」
「……玲亜さん」
「へ?」
「兄さんが、好きって言うの……なんかわかる」
「っ……!」
急に言われたその言葉に、思わず心臓が跳ねた。
でも、宇汰は悪びれることもなく、ふわぁっとあくびをして──
「……また、おやつ持ってきて。俺も、甘いの好き」
そう言って、石段にごろんと転がり、そのまま寝息を立て始めた。
ぽかんと立ち尽くす私の頭の中では、いろんな警報が鳴り響いていた。
え、今、何がどうなって……いや、ていうか弟くんまで耳あるの!? え、幻覚? いや、これが現実?
……そして私はまた今日も、おやつを持って神社に来て、犬耳の青年と話をしている。しかも、兄弟そろって。
「……もう、ほんとになんなのこの日常」
でも。
その頬が、なぜかゆるんでしまったことには──もう、気づかないふりをした。




