繋がる想い、解ける鎖(5)
朝。
東の空から射し込む柔らかな光が障子越しに広がり、控えの間の畳を金色に染めていた。
私は布団の上でごろりと身を起こし、まだ重たいまぶたをこすった。
──そこで、目を疑った。
隣には、すやすやと眠る碧。
その腕が、まだ私の腰にしっかりと回されている。
耳はぴんと立ったまま微妙に揺れていて、尻尾の気配までぬくぬくと布団にくるまっていた。
「な……っ! まだ抱きついてるし!!」
思わず声を潜めて叫ぶ。
慌ててその腕を引き剥がすと、碧がもぞっと動いて目を開けた。
寝起きの顔は完全に無防備で、眠たげに細められた瞳と、ぴょこんと立った犬耳がやけに可愛い。
「……おはよ、玲亜。昨日、よく眠れた?」
「眠れるかー!!」
「えっ?」
「な、なんで私を抱き枕にして寝てんのよ!」
私が赤面して怒鳴ると、碧はぽかんとした顔をして、それからふにゃっと笑った。
「……ああ、夢の中だと思ってた」
「夢で済ませるな!」
「だって……玲亜、いい匂いしたし。あったかかったし」
「だからそういうことを真顔で言うなってば!!」
ますます顔が熱くなる。
怒りたいのに、碧はけろっとした表情で頭をかき、首を傾げる。
「ごめんごめん。でも……なんか安心したんだよね」
「……」
「玲亜がそばにいるって思ったら、ぐっすり眠れた」
その真っ直ぐな声音に、心臓が跳ねた。
怒る気持ちと、嬉しい気持ちがごちゃ混ぜになって、どうしていいかわからなくなる。
「……ほんと、もう……」
小声で呟くと、碧が首を傾げた。
「ん?」
「なんでもない! ほら、早く顔洗ってこよ!」
「はーい」
素直に返事して立ち上がる碧を横目に、私は布団を畳み始める。
朝の光が差し込む中で、昨夜の鼓動がまだ胸に残っていて、落ち着かない。
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布団を片づけ終え、荷物をまとめて玄関へ向かおうとしたとき。
「……じゃあ私、帰るね。昼からまた会社だし」
靴を取り出そうとした瞬間、碧がぱたぱたと駆け寄ってきた。
帽子を片手に抱え、犬耳を隠そうと慌てている。
「えっ、もう帰っちゃうの?」
「うん。会社に遅れたら困るし……」
「だって朝ごはんもまだでしょ? ……せっかく外に出られるんだから、一緒に食べに行こうよ!」
「はぁ!? 外で!?」
「うん! 玲亜となら、大丈夫だろ?」
きらきらした目で見上げてくる碧。
その上、犬耳が帽子の下からぴくぴく動いて、おねだりモード全開。
ずるい。そんな顔、反則だ。
「……そんな顔してもダメ」
「えー! だって外のごはん、まだ食べたことないんだもん。パンとか、卵とか……玲亜と一緒に食べたい」
頬をほんのり赤く染めながら言う碧。
その真っ直ぐな視線に、胸の奥がどきんと跳ねた。
(……ほんと、心臓もたないってば……)
ため息をひとつついて、観念する。
「……少しだけ、だからね」
「やったぁ!!」
嬉しそうに耳と尻尾を揺らす碧。
その姿を見て、思わず笑みがこぼれる。
(ほんと、この人に弱いな……)
朝の町へ向かう石段を並んで下りながら、胸の鼓動は落ち着くことなく跳ね続けていた。
まるで、新しい日常が始まる合図のように。




