繋がる想い、解ける鎖(2)
三人で鳥居をくぐった瞬間、町の空気が肌を撫でた。
アスファルトの熱気、行き交う人々のざわめき、甘い匂いが漂うパン屋の看板、電線の上を鳴きながら飛ぶ雀。
私にとっては何気ない日常の景色なのに、碧と宇汰にとってはすべてが新鮮らしく、足を止めてはきょろきょろと辺りを見回していた。
「うわぁ……建物がいっぱい! 人もいっぱい! 車が勝手に動いてるー!」
碧が子どもみたいに目を輝かせ、帽子を押さえながらあっちこっち指をさす。
「兄さん、騒がないで。目立つから」
宇汰が低くたしなめるが、彼も彼で歩道を流れる人波をじっと観察している。
眠たげな瞳の奥にわずかな驚きと興味が宿っているのを、私は見逃さなかった。
「だってすごいんだもん! こんなの初めて見るんだよ!」
「……初めてって言っても、ほとんどの人間は毎日こういう景色見てる」
「えぇー! 羨ましい!」
碧は完全に観光客のテンションで、耳が動くたびに帽子の布がピクピク揺れる。
そのたびに私はひやひやして、慌てて彼の腕を引っ張った。
「もう……落ち着いてよ。耳が動いてるの、バレそうなんだから!」
「む、無理! だってあれ見てよ! ソフトクリームの看板!」
「……また食べ物かい!!」
碧が指さした先には、商店街の一角にあるソフトクリーム屋の大きな看板が立っていた。
子どもたちが列を作り、笑いながらアイスを食べている。白やピンク、緑色の渦巻きが夏の日差しに溶けかけてきらきら光っていた。
「玲亜! 食べよう! ほら、食べよう!」
「はいはい……もう、落ち着いて!」
結局、三人でソフトクリームを買うことになった。
私と宇汰はカップ、碧はコーン。
「……冷たい」
宇汰は無表情のままスプーンを口に運び、淡々と食べ進める。
その姿は相変わらずクールだけど、スプーンを持つ手がほんの少し早い気がするのを、私は見てしまった。
「ん~~! 冷たくて甘い! 最高!」
碧は子犬みたいに尻尾(の気配)を振りながら大げさに喜ぶ。
「兄さん……鼻に付いてる」
「えっ!? どこどこ!?」
慌てて顔を拭う碧を見て、私はつい笑ってしまった。
笑い声が自然に漏れるのは久しぶりで、胸の奥が少し温かくなる。
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商店街を歩きながら、碧はたい焼き屋の看板を見て「これ全部食べたい!」と騒ぎ、宇汰は路地裏に並ぶ古本屋や骨董品を興味深そうに眺めていた。
ふたりがこんなふうに“普通の町の景色”を楽しんでいる姿を見るのは、胸がくすぐったいくらい嬉しかった。
けれどふと、碧が真顔になり、手に持ったソフトクリームを傾けながら小さく囁く。
「……でも、やっぱり玲亜がそばにいないと、少しふわってする」
その言葉に胸がぎゅっとなった。
外に出られても、彼らは完全に自由ではない。
祈りがあるから、私がいるから、こうしてここに“繋がれて”いられるのだ。
「だから……絶対、離れないでね」
碧がそう言って、ソフトクリームを片手で持ったまま私の手をぎゅっと握ってきた。
「ちょっ…… 手がベタベタになるでしょ!」
「玲亜の手、甘くなった」
「甘くしないで!!」
思わず声を上げると、宇汰がスプーンを咥えたまま横目でじとっと見てくる。
「……兄さん、外でも騒がしい」
「いいじゃん! 楽しいんだもん!」
町の喧騒の中、笑い声とツッコミが重なった。
その一瞬一瞬が、祈りが結んだ新しい“日常”の断片のように、私の胸に刻まれていった。




