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もふっと護ります!  作者: あしゅ太郎


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繋がる想い、解ける鎖(1)

 境内の朝は清々しく、風に揺れる鈴の音が空へと溶けていった。

 玲亜は、誠一に教わった祝詞の一節を小声で繰り返しながら、社殿前で深く息を吸い込む。


 神職としての知識だけでなく、“巫”としての修行には、祈りと意志、そして想いの力が必要だと誠一は言っていた。

 玲亜の祈りには、あの夜——碧を守りたいと願った心が宿っていた。

 それが、境内に流れる霊的な気配を少しずつ変え始めている。


---


「……玲亜が“巫”として、神社の力を外に持ち出せるなら」

 宇汰が、社務所の縁側でぽつりと呟いた。


「そして、外の人たちが玲亜の祈りを信じて、思いを寄せてくれるなら——」


「俺たちの“存在”も、外で安定するかもしれないってことか」

 碧が頷きながら言う。


 玲亜はふたりの様子を見て、小さく笑った。


「だったら、試してみようよ。神社の外に、一緒に出てみない?」



---


 その日の午後。

 境内の石段に立った碧と宇汰は、どこか落ち着かない顔をしていた。


「……兄さん、前に出ようとしたときのこと覚えてる?」

 宇汰が静かに言う。


「うん。鳥居を越えた瞬間に、壁にぶつかったみたいに押し返されて……あれ、すっごく痛かった」

 碧が頬をかきながら苦笑する。


 玲亜ははっと目を見開いた。

 ふたりが過去に、神社の外へ出ようとしても“結界”に弾かれて一歩も踏み出せなかったことを初めて聞かされた。


「だから俺たち、結界の外には行けない。ずっとそうだった」

 宇汰の言葉は淡々としていたけれど、その奥に諦めの色が滲んでいた。



「でも、今は違う」

 玲亜は胸元のお守りを握りしめ、ふたりに向き直った。


「私の祈りで、外にも繋がれるかもしれない。だから……やってみよう」


「……玲亜がそう言うなら」

 宇汰が頷くと、碧も耳をぴくりと揺らし、力強く笑った。


---


 玲亜はふたりに外出の準備をさせた。


「ほら、碧、じっとして」


「うぇっ、なんで帽子……」


「耳が見えたらまずいでしょ! 人間に見られたら大騒ぎになるよ」


 そう言って、玲亜は碧の頭に紺色のバケットハットをぐいっと被せる。

 犬耳がふんわりと隠れ、なんとか“普通の青年”に見える……かもしれない。


「うぅ……蒸れる……」


「文句言わないの!」


玲亜は、次にふたりの後ろ姿を見て、少し唇を噛んだ。


「……で、問題はしっぽだよね……」


「え、しっぽ? どうすんの、それ」

碧が不安そうに振り返る。


「ほら、これ着て」

玲亜は、裾の長いパーカーを差し出した。

「お尻が隠れるくらい長めのやつ。中にしっぽ、くるっと巻いて入れてみて」


「うぇぇ……なんかパーカーに押し込むとか情けなくない?」


「じゃあ歩いてる時にしっぽぶんぶん振って、“狛犬でーす”って自己紹介する?」


「……入れます」


 しぶしぶパーカーを着る碧。その隣で、宇汰も素直に受け取って袖を通す。


「兄さん、パーカーってすごいね。便利すぎる……」


玲亜はふたりの背に回ると、小さく祈るように手をかざした。


「……それと、私の祈りで“見えにくく”しておく。霊的な特徴は、普通の人には気づかれにくくなるはずだから」


ふわりと風が巻いたように空気が揺らぎ、玲亜の手から淡い光が流れ込む。


「……わ、なにこれ。背中がぞわってした……」


「しっぽの“気配”を薄くしただけ。ちゃんとついてるから大丈夫だよ」


玲亜が微笑むと、碧は少し照れくさそうに後ろを振り返った。


「……ありがとな」


 続けて、宇汰にもキャップを被せる。

 こちらはおとなしく受け入れた。


「兄さん、帽子って便利だね。これがあれば外でお菓子買ってもバレない……」


「いやそれは違うだろ!」玲亜がすかさずツッコむ。


---


 三人並んで、ゆっくりと鳥居の前に立つ。

 境内の内と外を隔てる結界は、これまで碧と宇汰にとって“越えられない壁”だった。


 けれど今、玲亜の祈りが二人を包んでいる。


「……どう? 大丈夫?」


 鳥居を一歩くぐったとき、玲亜が振り返って問いかける。


 碧は一瞬ふらりとしながらも、ふわりと目を細めて笑った。

「……うん。まだちょっとふわふわするけど……でも、消えそうにはならない」


「俺も平気。玲亜の祈りが、俺たちを“ここ”に繋いでくれてる」

 宇汰の声は低いが、その奥に驚きがあった。



 玲亜は思わず胸に手を当てた。

 自分の中の祈りが、誰かを救っている——その確かな実感に、心がじんと温かくなる。


「ありがとう。ふたりがいてくれるからだよ」


 その言葉に、碧は帽子の下から照れくさそうに笑った。


「じゃあ、俺たち、散歩してくる! 甘いものも買う!」


「ちょっと待って!」


 玲亜は慌てて碧の腕を掴んだ。


「碧と宇汰は……私から離れたら駄目。祈りが届かなくなったら、きっと力が弱まって消えちゃう」


「……そうだよ」

 宇汰が小さく頷く。


「つまり、玲亜と一緒じゃないと外にいられないんだ」


「……だから散歩も、お菓子買いも、三人で行くこと!」



 帽子の下で碧がにかっと笑う。


「じゃあ決まり! 玲亜も一緒にお菓子ツアー!」


「はぁ……やっぱり結局お菓子なんだ」


 呆れながらも、自然と笑みがこぼれる。

 碧と宇汰の存在は、確かに玲亜の祈りに繋がってここにある。


 三人並んで鳥居を抜ける。

 初めて神社の外の町へと踏み出すその瞬間、心臓が高鳴った。


 ——これは、祈りが繋ぐ新たな絆の一歩だった。


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