祭りの灯火(5)
夏祭りの翌朝。
境内はすっかり静まり返り、昨日の賑わいが嘘のようだった。
けれど、石畳の端や木陰には、紙コップや割り箸、食べかけのお菓子袋……祭りの痕跡がまだ散らかっている。
「……ったく、人間ってほんと勝手だな」
低い声がして振り向くと、宇汰が竹ぼうきを片手にひとり、黙々と掃き掃除をしていた。
普段の眠たげな表情とは違い、額には少し汗が滲んでいる。
「宇汰……ひとりで?」
「ん……兄さんはまだ寝てる。祭りではしゃぎすぎて、今ごろ布団の中」
ため息を混ぜた声。けれどその手の動きは止まらず、落ちた提灯の紙片を拾い上げ、ゴミ袋に入れていく。
「……手伝うよ」
そう言って私も袖をまくり、紙コップを拾い始める。
「別にいい。玲亜さんにやらせることじゃない」
「でも、放っておけないから」
そう返すと、宇汰は少しだけ目を伏せ、諦めたように肩をすくめた。
「……ほんと、変わった人間だ」
口ではそう言いながらも、わずかに緩んだ横顔を私は見逃さなかった。
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ふたりで落ち葉やゴミを集め、袋を縛る。
ひと仕事終えた境内は、少しだけ昨日の華やぎを思わせる澄んだ空気を取り戻していた。
「おつかれ、宇汰。ひとりで全部やってたら大変だったでしょ」
「……まあ、玲亜さんが来てくれて、少しは楽になった」
わざとらしくそっけない言い方。
けれど耳の先が、かすかに赤くなっていた。
「祭りってさ、人がいっぱい来て楽しいけど、後は静かになりすぎるよね」
私がぽつりと言うと、宇汰はしばらく黙ったあと、低く呟いた。
「……でも、悪くなかった。兄さんも楽しそうだったし、玲亜さんも笑ってた」
その一言に、胸が少し温かくなる。
振り返ると、宇汰はすぐに目を逸らし、竹ぼうきを持ち直して歩き出した。
残された朝の境内に、蝉の声が響き始める。
昨日の灯りは消えてしまったけれど──隣に並んで掃除をする時間は、不思議と心地よかった。




