祭りの灯火(4)
夏祭りの余韻が残る境内。
遠くで風鈴が鳴り、石畳にはまだ提灯の淡い灯りがちらちら揺れていた。
俺は縁側に腰を下ろし、団扇でゆるく風を送っていた。
視線の先では、兄さんと玲亜さんが拝殿の前で言葉を交わしている。
──兄さん、また耳を赤くしてる。
玲亜さんは胸元のお守りを握りしめて、真っ直ぐに見ている。
その光景を見て、胸の奥がざらりと波立った。
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「……俺も」
兄さんの笑顔と、その言葉。
玲亜さんも頬を赤くして、けれど嬉しそうに微笑んでいる。
団扇を止める。
心臓の鼓動が、やけに耳に響いた。
(……俺は、何を見てるんだ)
最初はただ、厄介な人間だと思っていた。
余計なことに首を突っ込んで、兄さんを変えてしまう存在だと。
でも──
怪我をした俺に手を伸ばしてくれた夜。
拙い手つきで薬を塗って、真剣に「大丈夫?」と覗き込んでくれたその眼差し。
あの時からずっと、胸に残っている。
けれど、俺は狛犬。
玲亜さんは人間。
それに、兄さんの気持ちはもう隠すまでもなく玲亜さんに向いている。
俺が口にしたところで、何が変わる?
ただ兄さんを苦しめ、玲亜さんを戸惑わせるだけだ。
風鈴が鳴る。
夏の夜風が心地いいはずなのに、どこか苦かった。
「……ほんと、面倒だな」
小さく呟いて団扇をあおぐ。
眠たげな顔を崩さないように、いつも通りを装う。
けれど、胸の奥でじりじりと熱を帯びるこの感情は──もう見なかったことにはできなかった。




