祭りの灯火(3)
例祭が終わった夜。
人々の賑わいが嘘みたいに消えた境内には、風鈴の澄んだ音だけが残っていた。
石畳に並んだ提灯は、もう半分ほど火が落ちている。
けれど、そのかすかな灯りがまだ境内をやわらかく照らしていて、昼間の喧騒の余韻を名残惜しそうに抱えていた。
私は竹ぼうきを片付け終え、ゆっくりと石畳を歩いた。
胸の奥が、妙に重たい。
「……外には、行けないんだ」
祭りの後に聞いた、碧と宇汰の言葉。
何度思い返しても、その現実が心を締めつける。
神社から出られない。
この境内に縛られて存在する狛犬。
その“境界線”は、私と彼らの間に確かに横たわっている。
いくら一緒に笑っていても、いくら祈りで繋がっても、絶対に越えられない線がある。
「玲亜?」
名前を呼ばれて振り返ると、拝殿の影から碧が現れた。
祭りで着ていた浴衣姿のまま、耳をぴょこんと揺らしながら。
淡い灯りに照らされた姿は、子どもみたいに無邪気で、どこか切なかった。
「まだ帰ってなかったの?」
「……ちょっと考え事してて」
ごまかすように笑ったつもりだった。
けれど、碧はすぐに首を傾げて私の顔を覗き込んでくる。
「難しい顔してる。……神社のこと?」
「うん。……もし、私がここに来ない日があったら、碧は……」
言いかけた途端、胸がぎゅっと痛む。
碧は少し笑って首を横に振った。
「消えたりしないよ?」
そう言いながら、軽く私の前に立った。
けれど、その笑顔の奥には、確かに無理をしている影があった。
「でも……寂しくなるかも」
その一言に、胸の奥がぐっと熱くなる。
怖がらせないように笑う彼の強がりを知ってしまったから。
「……じゃあ、私が来るよ。毎日でも」
「え?」
「だって……ここに来れば、碧に会えるんでしょ」
言った瞬間、耳まで熱くなった。
でも、それは嘘じゃなかった。
碧は目を丸くして、しばし瞬きを繰り返す。
そして、浴衣の袖をぎゅっと握りしめ、頬をほんのり赤く染めて困ったように笑った。
「……玲亜って、ほんと、ずるい」
「え、なにが?」
「そうやって言われると……俺、もっと玲亜にいてほしくなる」
耳を伏せ、視線を逸らす碧。
その仕草が、子どもみたいに可愛くて、でも切なくて。
気づけば、私は胸元のお守りを握りしめていた。
この神社に縛られているのなら──私がここに通えばいい。
そうすれば、ずっと一緒にいられる。
「……碧。私ね」
「ん?」
「もっと、一緒にいたいって思ってる」
自分で言葉にしてしまって、顔が一気に熱くなる。
でも、これは嘘じゃない。心の底から出てきた気持ち。
碧は驚いたように目を見開き、そしてふわっと、眩しいくらいに笑った。
「……俺も」
夏の夜風がそっと吹き抜ける。
風鈴の音がやさしく響き、灯りの残る境内がふたりを包んだ。
境界線は、確かに存在している。
それでも──今はただ、この一瞬が愛おしくて、離れたくなかった。




