祭りの灯火(2)
病院を訪ねると、誠一さんは枕に背を預けながらも、ゆっくりと体を起こして迎えてくれた。
顔色はまだ完全ではないけれど、以前より頬に血色が戻っている。
「……ご心配をかけたね、玲亜ちゃん」
「よかった……もう歩けるようになったんですね」
「ああ。医者も“奇跡的に回復が早い”と驚いていたよ」
そう言って、誠一さんは柔らかく微笑む。
その目元はまだ疲れているはずなのに、不思議と光を宿していた。
「お前さんの祈りが、神社を守ってくれたのだな」
「……私の?」
「そうだ。巫として神社と繋がったお前さんの祈りが、境内の穢れを鎮め、私にも力を返してくれたのだ」
胸が熱くなる。
自分のしていることにまだ自信はない。
けれど「役に立てた」と言われることが、こんなにも心を満たすなんて。
***
それから数週間後。
蒼月神社では、例祭の準備が進んでいた。
毎年、規模を縮小して細々と執り行われていたが、今年は少し違う。
新しく「蒼月の巫」として立つ私が、初めて祭事に加わることになったのだ。
白装束に身を包み、手には鈴。
提灯に灯がともり、夕暮れの境内をやさしく染める。
人々のざわめきが遠くから近づき、祭囃子が夜風に乗って流れてくる。
「……緊張する」
足元が震え、胸の鼓動が早まる。
けれど、拝殿の前に立ったとき。
碧と宇汰が左右に並び、そっと背中を押すように目を合わせて微笑んでくれた。
「大丈夫、玲亜」
「君の祈りは届く」
その言葉に背筋が伸びる。
深呼吸して鈴を振った。
澄んだ音が境内に響き渡り、夜空に向かって光の粒がふわりと舞い上がる。
拝殿の榊や灯火が呼応するように揺れ、人々の拍手とともに境内全体が清められていく。
「……綺麗」
思わず漏れた声は、祭囃子と子どもたちの笑い声にかき消された。
屋台が立ち並び、綿あめや金魚すくいに人だかりができる。
久しぶりに、人の熱気と笑顔が蒼月神社を満たしていた。
「すごい。去年よりずっと人が多い」
「玲亜のおかげだよ」
碧が耳をぴょこんと揺らしてにかっと笑う。
「この神社、ちゃんと生き返った」
宇汰の声も、珍しくほんの少し明るさを含んでいた。
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けれど、祭りの喧騒が過ぎ、人々の波が去ったあと。
境内には静かな夜風と、提灯の灯りだけが残った。
私はふと、ふたりに問いかける。
「ねえ、碧、宇汰……これからは、もっと外にも行けるようになるの?」
碧と宇汰は、一瞬だけ顔を見合わせる。
その沈黙に、胸がざわついた。
「……俺たちは、この神社と一緒にある存在だから」
碧が少し困ったように笑う。
「外の世界に行くのは……やっぱり難しいかもな」
宇汰が静かに言葉を重ねる。
「僕たちは“狛犬”。境内から離れすぎれば、形を保てなくなる」
胸がぎゅっと締めつけられる。
どれほど神社に人が戻り、祈りが増えても──
ふたりはこの場所に縛られたままなのだ。
その現実が痛くて、少し悔しくて。
けれど、碧はやさしい笑みを浮かべて言った。
「……それでも、玲亜がここに来てくれるなら、俺たちは十分幸せだよ」
提灯の灯が揺れる。
その光の中で、碧の耳も尾もほんの少し揺れて、正直すぎる気持ちを示していた。
「……うん」
私は頷きながら、心の奥で強く誓った。
──なら、私が通う。何度でも。
この神社と、この兄弟を守るために。
夜空に響く祭囃子の余韻を聞きながら、私は胸元のお守りを強く握りしめた。




