表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もふっと護ります!  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/69

神主不在の神社と蒼月の巫(5)

 契約の夜から数日。

 私はいつものように、朝の電車に揺られて会社へ向かっていた。

 人のざわめき、吊り革の金具が揺れる音、アナウンスの声──全部、昨日までと変わらないはずだった。


 ……なのに。


「……っ」


 窓の外の景色が、ふっと切り替わった。

 ビル群が黒い森に変わり、電車の走行音は消え、耳の奥でざわりと囁き声がする。

 不特定多数の声。誰かを恨む声、孤独に泣く声、求める声。


 瞬きをすると、景色はすぐに元に戻る。

 周囲の乗客はスマホを見たり、イヤホンで音楽を聴いたり、誰も異変に気づいていない。


(……これが、“代償”)


 現世と異界が、勝手に切り替わる。

 私だけが、揺らぎに引きずり込まれる。

 胸元のお守りを握りしめ、深く呼吸を繰り返す。


---


 会社でも影響は現れた。


「春瀬さん、資料……」


「あ、はい!」


 同僚に声をかけられて振り返った瞬間、視界の端に黒い靄がうごめいた。

 会議室の隅、誰もいないはずの場所に、人影のようなものがじっと立っている。


(……穢れ……? 会社の中にまで……?)


 固まった私を見て、同僚が怪訝そうに首をかしげた。


「春瀬さん、大丈夫? 顔色悪いよ」


「……い、いえ。大丈夫です」


 引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 心臓の鼓動が速すぎて、汗が背中をつたう。



---


 その夜。

 足は自然と蒼月神社へ向かっていた。


 鳥居をくぐると、すぐに碧が駆け寄ってくる。

 耳をぴんと立てて、真剣な眼差しで私を見つめた。


「玲亜! 今日、すごい疲れた顔してる。大丈夫?」


「……ちょっと、会社で……また揺らいだの。

 景色が急に異界に変わったり、人影が見えたり……」


 碧の耳がしゅんと下がる。


「やっぱり……代償、出ちゃってるんだ」


 その隣で、宇汰が口を開いた。


「仕方ない。巫は神社と異界をつなぐ存在。玲亜さんの体はもう、完全に“人”だけじゃなくなってる」


「……そんなこと、わかってるけど」


 思わず、声が震える。


「でも……普通に働いて、普通に暮らすこともしたいのに。

 急に景色が変わったり、穢れが見えたり……こんなの、ずっと続いたら……」


 喉の奥が詰まり、涙がこみ上げる。

 必死に堪えたその瞬間。


 碧が、透けかけそうな手でそっと私の手を握った。


「玲亜。俺がいるから」


「……え?」


「俺と宇汰がそばにいる。どんなに揺らいでも、玲亜が“ここ”に戻ってこられるように守るから」


 まっすぐな瞳。

 まるで、心の奥をそのまま受け止めてくれるみたいで。


「……でも、私……弱いよ」


「弱くてもいい。俺が隣にいる」


 その言葉に、苦しかった胸の奥がじんわり温かくなっていく。


「……ありがとう」


 改めてそう口にすると、碧はにかっと笑った。


「うん! じゃあ俺、玲亜をお菓子で甘やかす係になる!」


「は? 今シリアスな流れだったんだけど!?」


「いいじゃん、甘いのは正義!」


「……結局、お菓子買ってくるのは私じゃん!」


「へへっ」


 悪びれもせず笑う碧の耳が、ぴこぴこ動いている。

 その姿を見たら、張り詰めていた心がふっと軽くなった。


 泣き笑いのまま、私は思わず吹き出してしまう。



(……たとえ負担が残っても。

 もう、この居場所を手放したくない)


 夜風がそっと頬を撫でた。

 境内の風鈴が澄んだ音を鳴らし、私の決意を静かに見守ってくれているようだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ