表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もふっと護ります!  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/69

神主不在の神社と蒼月の巫(1)

 それは、本当に突然のことだった。


 朝。

 蝉の声が境内に満ち、私はいつものように竹ぼうきを握っていた。

 まだ涼しさが残る時間帯、石畳の上をさらさらと掃き進めていたとき──


「……っ、ごほ、ごほっ……」


 拝殿の奥から、かすれた咳き込みと慌ただしい物音が響いてきた。


「え……誠一さん?」


 胸がざわつき、竹ぼうきを放り出して駆け込む。


 畳の上で、誠一さんが崩れ落ちていた。

 顔色は青白く、浅い呼吸を必死に繰り返している。


「誠一さん!!」


 慌てて駆け寄ろうとした私より早く、碧と宇汰が影のように飛び出してきた。


「おじさん!!」

「兄さん、玲亜さん、落ち着け。……まず救急車を」


「っ、は、はい!!」


 震える手でスマホを取り出し、必死に番号を押す。

 声が裏返りそうになるのをこらえながら救急隊へ状況を伝え、ただ必死に誠一さんの肩を支えた。



 ***


 それから数時間後。

 病院の白い廊下で、医師の言葉を聞いたとき、思わず肩が落ちた。


「命に別状はありません。ただし、しばらくは安静が必要です」


 安堵と同時に、重くのしかかる現実。


──神社が無人になる。


 その事実は、逃げ場のないものだった。



 ***


 夕暮れ時、神社に戻った。

 空は茜に染まっているのに、境内はどこかざわついていた。

 いつもの静けさとは違う、湿った気配。


「……っ」


 背後を振り返った瞬間、碧の輪郭がふっと揺らいだ。


「碧!? 今……消えかけた……!」


「はは……ごめん。なんか、力がうまく保てなくて」


 笑ってごまかそうとする碧。

 けれど、その耳の先も尾の気配も、まるで霞のように薄く透けて見える。


「……誠一さんが不在だから」


 低い声で告げたのは宇汰だった。

 いつもの眠たげな表情をかなぐり捨てたような、張りつめた光がその瞳に宿っている。


「神主がいないと、神社の霊的支柱が弱まる。

 このままでは──兄さんも、俺も、この世界から消える」


 ぞくり、と背筋が冷える。

 消える。

 その言葉は、あまりに冷酷で、あまりに現実的だった。


「そんな……どうすれば……」


「方法は一つ」

 宇汰の声が、境内の夕暮れに沈んでいく。

「神社を継ぐ人間が必要だ」



 ***


 数日後。

 私は病院を訪れた。


 ベッドに横たわる誠一さんは、以前より小さく、弱々しく見えた。

 窓から射す朝の光が白いシーツを照らし、その姿をさらに儚く映し出す。


「……春瀬さん」


 かすれた声に胸が痛む。


「誠一さん……」


「聞いているだろう。誰も継がなければ、この神社は終わる」


 その声は穏やかで、しかし深い諦めを含んでいた。


「私の家系は、もう途絶えかけている。

 誰も跡を継ぎたい者はいない。……だから、私は焦っていたのだ」


 胸が締めつけられる。

 神社が終われば、碧も宇汰も消える。

 けれど私は、ただの参拝者に過ぎない。


「……私に、できることは……ないんですか」


 声が震えた。

 それでも絞り出さずにはいられなかった。


「……君がそう思ってくれるだけでも救いだよ」


 誠一さんは目を閉じ、静かに息を吐いた。

 病室の白い光はあまりに遠く、冷たく感じられた。


---


 帰り道。

 私は胸元に手を当てる。


 蒼い糸のお守りが、かすかに温もりを宿していた。


「……守りたいのに」


 どうすればいいのかわからない。

 けれど、もう目を逸らすことはできなかった。


 この神社も。

 碧も、宇汰も。

 私が「守りたい」と願ったすべてを、失うわけにはいかないのだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ