繋いだ手と、覚悟の影(5)
夜。
境内は虫の声だけが響き、碧は早々に寝転がって大の字になっていた。
「んあー……玲亜、明日もお菓子持ってくる?」
「はいはい。ちゃんと掃除も手伝ってよ」
軽口を交わすふたりを、宇汰は縁側に腰かけて静かに眺めていた。
団扇を持つ手はいつものようにのんびり動かしているのに、心の内側はなぜか落ち着かない。
(……昼間のこと、まだ頭に残ってる)
自分の頬に貼られた絆創膏を指先で触れる。
玲亜の指がそっと触れてきた感覚。
心配そうに覗き込む顔。
(……ただの手当てだ。誰にでもそうする……はずだ)
そう言い聞かせても、胸の奥のざわめきは消えない。
他の誰かにじゃなくて、自分に向けられた気がしてしまった。
「……宇汰?」
声に顔を上げると、玲亜がこちらを覗き込んでいた。
掃除のあと片づけを終えたのか、額に少し汗をにじませながら。
「ぼーっとしてる。大丈夫?」
「……ああ。別に」
いつもの眠そうな調子で答える。
けれど、その一瞬で鼓動が速くなったのを、自分だけはごまかせなかった。
碧がぐいっと身を起こして「おーい、宇汰もこっち来て! 団子食べよ!」と呼ぶ。
玲亜が「すぐ行くね」と笑顔を向ける。
その笑顔を見た瞬間、宇汰は胸に小さな棘のような違和感を覚えた。
(兄さんに向ける顔と……俺に向けた顔。……違う気がする)
どうしてそんなことを思ったのか、自分でもわからない。
ただ確かに、その違いを探そうとしている自分に気づいて、宇汰は小さく息を吐いた。
「……面倒だな」
誰にも聞こえないように呟き、団扇を置いて立ち上がる。
玲亜の隣に並ぶことが、いつもよりずっと難しいことのように感じられた。




