巫女見習いのはじまりと小さな訪問者(4)
翌日。
いつものように境内の掃き掃除をしていると、背後から元気すぎる声が飛んできた。
「玲亜お姉さーん!! 今日はオレが役に立つ番だよ!!」
「……え? なにするつもり?」
竹ぼうきを握ったまま振り返ると、狐耳をぴょこんと立てた蘭丸が仁王立ちしていた。
きらきらの目で胸を張り、まるで大仕事を任された子どものように張り切っている。
「お姉さんの代わりに掃除とかっ! 穢れの気配を察知するとかっ! あとは──お菓子の味見係とかっ!」
「最後のは完全に違うでしょ」
「いやいや! “食の安全チェック”は重要任務なんだって!」
胸を張る狐耳少年に、私は苦笑するしかなかった。
──が、次の瞬間。
「任せろっ!」
蘭丸は勢いよく竹ぼうきをひったくり、境内を一心不乱に掃き始めた。
その勢いは確かにすごかった……けど。
「うわっ! あっ! あれっ!?」
ばさばさばさっ!!
砂ぼこりが立ちのぼり、集めるはずの落ち葉は逆に風に舞い、境内じゅうを渦巻きのように飛び回る。
「きゃっ!? ちょ、ちょっと! やめてやめて!」
「ご、ごめん! でも“勢い”って大事かなって思って……!」
蘭丸は必死に動いているのに、結果は完全に逆効果。
落ち葉は頭に降り注ぎ、私は竹ぼうきを持ったままオロオロするしかなかった。
──そこへ。
「おい!! また騒ぎ起こしてんのはお前かぁぁ!!」
耳をぴんと立てて、碧が飛び出してきた。
その顔はまるで“現行犯逮捕”の犬。
「ひぃっ! ち、違う! オレは玲亜お姉さんの役に立とうと──!」
「役に立つどころか、害しか出してないだろ!!」
狐耳をぺたりと寝かせる蘭丸。
けれど目はまだ「褒めて!」と言いたげにきらきらしている。
そのやり取りを、縁側に座る宇汰が団扇をあおぎながら冷めた目で見ていた。
「兄さんより騒がしい存在が現れるなんて、珍しいな」
「えぇ!? 宇汰もなんか言ってよ! オレ頑張ってんだから!」
「“頑張る”と“できる”は別物」
「ぐはぁっ……!」
蘭丸は胸を押さえてわざとらしく倒れ込む。
……どう見ても演技だ。
私は苦笑しながら、散らばった落ち葉をひとつずつかき集める。
「……でも、ありがとう。手伝おうって思ってくれたのは嬉しいよ」
「玲亜お姉さん……!」
狐耳がぴんと立ち、蘭丸の目がきらきら光る。
そのまま勢いよく私の腕にまとわりついてきた。
「ほら! やっぱり玲亜お姉さんはオレの味方なんだから!」
「おい!! また甘えてる!! 玲亜から離れろぉぉぉ!!」
碧が耳を逆立てて飛びかかる。
蘭丸はするりと身をかわし、私の背後に隠れてにやにや笑う。
「玲亜お姉さんの後ろは安全地帯〜♪」
「ずるい!! 俺もそこ行く!!」
「兄さんはでかいから却下!」
「なんだとぉぉぉ!!」
再び境内追いかけっこ第二幕が始まる。
犬耳と狐耳がぴょんぴょん揺れながら走り回り、落ち葉が舞い上がる。
私は竹ぼうきを抱えたまま、その騒がしい光景に思わず笑ってしまった。
──役に立ったかどうかはともかく。
蘭丸がここにいるだけで、神社がますますにぎやかになっていった。
***
しばらくして、拝殿の方から誠一さんが姿を現した。
竹ぼうきを手にしたまま、走り回る碧と蘭丸、そして笑い転げる私を見て、彼は目を細める。
「……にぎやかだねぇ。まるで夏祭りの境内みたいだ」
ため息まじりにそう言いながらも、その声にはどこか安心が混じっていた。
きっと、この騒がしさすら神社を支える力になっているのだろう。




