巫女見習いのはじまりと小さな訪問者(3)
境内を駆け回る追跡劇は、三周目に突入してもまだ決着がつかなかった。
蘭丸は鳥居を飛び越えたり、拝殿の柱を蹴ってターンしたり、狐耳をぴょこぴょこさせながら、信じられない身のこなしで逃げ続ける。
「待てぇぇぇ!! 今度こそ捕まえる!!」
「ひゃっ、無理無理〜♪ オレに勝てるわけないじゃん!」
砂利を蹴る音と、犬耳と狐耳のぴこぴこバトル。
……なんだこの光景。
私は竹ぼうきを持ったまま唖然としていたけれど、宇汰が横で静かに一言。
「兄さん、無駄。あいつは捕まらない」
「えぇぇ!? なんでだよ!」
「だって狐だから。すばしっこさは種族補正」
「ずるい!!」
がっくり肩を落とす碧。
その隙を逃さず、蘭丸はくるんと身を翻し、まるで最初からそう決めていたかのように、私の隣へぴょんと腰を下ろした。
「ふぅ〜……安全地帯っと」
「えっ、ちょっ、勝手に座らないで!」
狐耳をぱたぱた揺らしながら、蘭丸は私の顔を覗き込む。
にやり、と小動物みたいな笑顔。
「玲亜お姉さん、オレ、甘いの大好きなんだよ。ほら、そのクッキー……ちょっとだけ……」
「……はぁ。しょうがないなぁ」
結局、私はポケットから一枚取り出して差し出してしまった。
蘭丸はぱっと顔を輝かせて、耳までぴんと立たせながらかぷっとかじる。
「んんんっ!! やっぱ人間のお菓子最高! お供え物の乾いた煎餅より断然うまい!」
「おいっ!!」
碧がぎょっとしたように私と蘭丸を交互に見てくる。
犬耳が怒りでぴんぴん立っていた。
「玲亜!? なんで渡すの!? そいつただの食い逃げ狐だぞ!?」
「でも……嬉しそうだから」
「だよねだよね! 玲亜お姉さん、最高!」
蘭丸は嬉しさのあまり、しなだれかかるように私の腕にまとわりつく。
「ちょっ、ちょっと! 近い!」
「ふふふ〜ん。碧兄ちゃんにはできない甘え方でしょ?」
「な……なにィ!? 玲亜から離れろぉぉ!!」
犬耳を逆立てて全力で引き剥がそうとする碧。
しかし蘭丸はするりとかわし、今度は私の背中へ回り込む。
「玲亜お姉さんの後ろは安全地帯〜♪」
「ずるい!! 俺もそこ行く!!」
「兄さんはでかいから却下」
「うるさい!!」
わちゃわちゃと取っ組み合う犬耳と狐耳。
境内の木陰で私は竹ぼうきを抱えたまま、思わず笑ってしまった。
──碧も宇汰も、そしてこの化け狐も。
神社に来ると、不思議とにぎやかで、心が少し軽くなる。
「……ほんと、変な毎日になってきたな」
けれど、その変さが妙に愛おしく思えてしまうのだった。
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しばらく、碧と蘭丸は私の周りを駆け回っていた。
結局最後には、碧が鳥居の前で蘭丸の首根っこを捕まえた。
「やっと捕まえたー!」
「ひ、ひどい! オレまだ何も食べてないのに!」
「クッキーもらってたろ!」
わちゃわちゃ騒ぐふたりの横で、宇汰が小声でつぶやく。
「……ほんと、犬と狐って相性悪い」
「でも楽しそう」
「……否定はしない」
耳を垂らしながら、わずかに笑う宇汰。
その姿がなんだか可笑しくて、私もつい笑ってしまった。




