祈りの光(5)
祈祷を終えた後も、胸のざわめきは消えなかった。
あのとき目にした「祈りの光」と「穢れの影」。
あれを見てしまった瞬間から、私はもう、ただの参拝者ではいられないと悟っていた。
それから数日。
私は仕事の合間を縫って、朝や夕方に神社へ通い、境内の掃除を手伝うようになった。
竹ぼうきを両手で握り、石畳を掃きながら落ち葉の音を聞く。
日差しが射し込むたび、葉の影がゆらりと揺れ、空気は不思議と澄んでいく。
「……あれ?」
ふと、手を止めた。
竹ぼうきの柄を握りしめながら、胸の奥にひとつの記憶が浮かび上がった。
柔らかな笑みを浮かべる、祖母の顔。
「……そういえば」
独り言のように呟いた。
「うちのおばあちゃん──美津江っていうんですけど、昔この神社で巫女のアルバイトをしてたって言ってました」
その言葉に、拝殿の縁側で休んでいた誠一さんが、ぴたりと動きを止めた。
竹ぼうきを持つ私の方へ、驚いたように目を細める。
「……美津江さん、だって?」
「はい。私が子どもの頃、よく“白い装束を着て神社に立った”って話をしてくれたんです」
言葉を続けると、誠一さんは目を瞬き、静かに息をのんだ。
「……やっぱり、どこかで見たことのある顔だと思っていた」
「え……」
「そっくりだよ。戸田美津江さん。……私がまだ小さい頃、この蒼月神社で一緒に務めていた」
その名を口にする声は、懐かしさを帯びて震えていた。
「学生のアルバイト巫女だったが、とても真面目で、笑顔がやさしくてね。参拝客や子どもたちに慕われていたよ。
ああ……よく覚えている」
私は胸が熱くなり、竹ぼうきをぎゅっと握りしめた。
「……おばあちゃんが、本当にここに……」
「そうだ。君の仕草や目元、そして……祈りに向かう姿勢も、どこか似ている」
誠一さんがやわらかく微笑む。
「玲亜のおばあちゃん、ここにいたの!? すごいじゃん!」
背後から碧の大きな声が響いた。
犬耳がぴょこんと揺れて、目をまんまるにしている。
「だから玲亜さん、祈祷で“見えてしまった”のかもしれない」
宇汰が低くつぶやく。
眠たげな声の奥に、確かな納得の色が滲んでいた。
「血の縁。祖母の祈りが玲亜さんに流れてる……そう考えると自然だ」
「……血の縁……」
その言葉が胸に深く響く。
私の祖母・美津江。
彼女がこの神社で祈りを捧げ、笑顔で過ごした日々が、今の私をここに導いたのだろうか。
「……なんだか、不思議です。
私の“守りたい”って気持ち、おばあちゃんから繋がってるみたいで」
そう口にすると、誠一さんはゆっくりと頷いた。
「縁というのは、不思議なものだよ。
人の祈りも、想いも、血筋も……形を変えても続いていく。
君がここに来たのも、きっと偶然じゃない。戸田美津江さんの縁が、導いたのかもしれないね」
境内の風鈴が、澄んだ音を奏でた。
涼やかな響きに、祖母の笑顔が重なる。
まるで「よく来たね」と言われたようで、私は空を仰いだ。
夕暮れの光の中、祖母のぬくもりがすぐ傍にある気がした。




