祈りの光(3)
「玲亜ちゃん、本当にいいのかい?」
拝殿の縁側に腰かけた誠一さんが、少し心配そうに私を見ていた。
顔色はまだ優れず、額にはかすかな汗が浮かんでいる。
それでも姿勢は正しく、声の調子には神主としての威厳が残っていた。
「はい。少しでも役に立ちたいんです。……だから、教えてください」
そう告げると、誠一さんはわずかに目を細め、ゆっくりと頷いた。
「……そうか。なら、まずは朝の清めから始めよう。
拝殿の前に水を撒いて、榊を整える。それが一日の始まりなんだ」
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水桶を持ち、柄杓ですくった水を石畳に撒く。
ひんやりとした飛沫が陽の光にきらめき、あたりの空気が一瞬だけ澄んでいく。
その透明な感覚に、思わず深呼吸をした。
「……こうやって、毎日繰り返すんですね」
「そうだよ。地味だが、大事なことだ。
祈る人が減っても、この習わしを絶やしてはいけない。
一度途切れてしまえば、神社はすぐに弱るからね」
誠一さんの声には、淡い疲労の影と同時に、長年守り続けてきたものへの誇りが滲んでいた。
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榊を整えていると、背後から元気な声が飛んできた。
「玲亜ー! 似合ってる! めっちゃ“巫女さん”みたいだ!」
「ちょっ……やめてよ、からかわないで」
「からかってないって! ほら、こう……神域に入るとき一緒にいたら、絶対映えるんだよ!」
「だから何の基準よそれ……」
耳をぴょこぴょこ動かしながら、碧はまるで子犬みたいに無邪気だ。
その横で宇汰が小さくため息をついた。
「兄さんは……手伝う気あるの?」
「ある! あるけど! 玲亜見てたらつい……」
「……(ため息、二回目)」
やりとりの間にも、私の手は自然と動いていた。榊の葉先をそろえ、清らかな形に整える。
気づけば、この小さな作業が楽しく思えていた。
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「玲亜ちゃん」
ふいに呼ばれて振り向くと、誠一さんがまっすぐに私を見ていた。
「あなたのような若い方が神社に足を運んでくれることは、それだけで力になる。
……狛犬たちも、きっと支えられているはずだ」
その言葉に胸が熱くなった。
ちらりと横を見ると、碧は満面の笑顔で親指を立ててくれる。
宇汰は相変わらず眠たげな顔のままだったけれど、ほんのわずかに目を伏せて頬を緩めていた。
「……私、もっと覚えます。ここを守るために」
強く言うと、誠一さんは穏やかに目を細めて笑った。
「その心が、何より大切なんだよ。形だけの作法よりもね」
その笑顔に、長年この神社を支えてきた重みと、誰かに託したいという安堵が重なって見えた。
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夏の蝉の声が、遠く近くでざわめく。
柄杓を握りしめる手に、静かに力を込めた。
守りたい人たちのために。
守りたい居場所のために。
もう、迷わない。
私はこの神社の一部として生きると決めたのだから。




