祈りの光(2)
その日は朝から境内の掃除をしていた。
竹ぼうきを引きずりながら落ち葉を集めていると、石畳に擦れる音が静かに響く。
夏の終わりを告げるように、風に運ばれた枯葉がひらひら舞い落ちてきた。
手を伸ばして拾い上げたその瞬間──拝殿の奥から、かすかな咳き込みが聞こえた。
「……誠一さん?」
慌てて振り返ると、柱に手をついて立っている神主の姿があった。
顔色は青白く、額には玉のような汗がにじんでいる。
背筋をまっすぐに保とうとしているけれど、その足元はわずかに揺れていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……すまないね。少し、眩暈がして」
そう言っていつものように微笑もうとするけれど、その笑みは力なく、かえって弱さを際立たせていた。
駆け寄ろうとした瞬間、境内の端からぱたぱたと駆ける足音が響いた。
碧と宇汰だ。
「じいさん!」
「……やっぱり無理してる」
碧の耳はしゅんと垂れ、宇汰の眠たげな声は、珍しく低く強張っていた。
「誠一さん、休んでください!」
思わず声を荒げる。
「いや……まだ社務が残っていて……」
そう言って帳面を持ち上げようとする手は、かすかに震えていた。
「いいから!」
気づけば、私の声は境内に響いていた。
自分でも驚くほど必死で。
誠一さんは驚いたように私を見て、それから小さく息を吐き──しずかに頷いた。
その背中は、ほんの少し小さく見えた。
拝殿の中へと戻っていく後ろ姿を、私はただ見送るしかなかった。
静まり返った境内。
残された私たちの間に、重い沈黙が落ちた。
「……誠一さん、かなり悪いよね」
震える声で言葉を絞り出す。
「うん。最近ずっと無理してる」
碧は拳を握りしめ、耳をさらに垂らした。
「けど、後継ぎがいないから……休むわけにもいかないんだと思う」
「……」
宇汰は目を伏せ、低く言った。
「俺たちも本当は、あんまり長くこの姿を保てない」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
「神主がいなければ、神社は弱っていく。
神社が弱れば……俺たちも存在できなくなる」
淡々とした口調。
でも、彼の耳が小さく震えているのを私は見逃さなかった。
昨日、宇汰が言った「人間は去っていく」という言葉が脳裏に浮かぶ。
けれどそれどころじゃない。
誠一さんがもし本当に倒れてしまったら──碧も、宇汰も、この世界から消えてしまう。
そんなの、絶対に嫌だ。
「……そんなの、嫌だ」
気づけば声に出していた。
碧が驚いたように顔を上げ、耳をぴんと立てる。
「私……この神社を守る。誠一さんひとりに任せるんじゃなくて、私もやる」
言葉にすると、不思議と迷いはなかった。
碧や宇汰が必死で守っているもの。
その重さを知ってしまったから。
大切な人を失いたくないから。
宇汰はしばらく黙って私を見つめていた。
その瞳の奥には、かつての痛みと、いま芽生えた戸惑いが混じっているように見えた。
やがて彼は小さくため息をつく。
「……本当に、面倒な人間だ」
けれどその声は、いつもよりわずかにやわらかかった。
境内の木々が風に揺れ、鈴がちりんと鳴る。
その音が、私の決意を静かに肯定してくれているような気がした。




