穢れの影に触れて(5)
境内の掃除を終え、落ち葉を集めた袋を片隅に寄せたとき。
竹ぼうきを置いた手のひらが、じんわりと汗ばんでいることに気づく。
けれど、胸の奥には妙な充実感があった。
そのとき、ふと気配を感じて振り返ると──宇汰がいた。
拝殿の柱の影にもたれかかり、眠たげな顔でこちらを見ている。
いつものように、どこか遠くを夢見るような瞳。
けれど今は、その奥に鋭い光がかすかに宿っていた。
「……玲亜さん」
「なに?」
「本気で、神社を守ろうなんて思わない方がいい」
低く落ちた声に、胸がちくりと痛む。
「……どうして?」
問い返すと、宇汰は長い沈黙を落とした。
蝉の声が一層うるさく響く中で、ようやくぽつりと口を開いた。
「人間なんか、結局何もできない。
俺たちがどれだけ穢れを鎮めても、また誰かが“歪んだ願い”を流してくる。
それは止まらない。繰り返しだ」
冷たい響き。
けれどそこには、ただの諦めだけじゃなく、深い悲しみがにじんでいた。
「でも……だからこそ、手伝いたいの」
私の声に、宇汰の瞳が細く揺れる。
「手伝う? 玲亜さんに、何ができるの?」
言葉が鋭さを増す。
胸を突き刺すような、遠慮のない問い。
「人間は祈るだけ。穢れに触れれば、命さえ危うくなる。
……そして結局、最後は俺たちの元を去っていくんだ」
「……最後は去っていく」
その言葉が重くのしかかる。
宇汰は視線を逸らし、ほんの小さな声で続けた。
「……昔、いたんだよ」
「……え?」
「俺たちを“守りたい”って言った人間が。
でも、穢れに触れて倒れて……結局、ここから離れていった」
短い言葉。
それだけなのに、胸を抉られるような痛みを感じた。
宇汰の表情は、普段の眠たげな顔とは違っていた。
淡々としているのに、奥底では痛みを押し殺しているような硬さがあった。
「だから……玲亜さんも、そのうち去っていく」
突きつけられた言葉。
でも、私の心は不思議と揺らがなかった。
「……それでも」
胸の奥から声が零れた。
「私は、もう目を逸らせない。
碧や宇汰が必死で守ってるの、見てしまったから。
逃げたら、それこそ後悔する」
震えながらも、はっきりと言えた。
それは自分でも驚くほど、迷いのない気持ちだった。
宇汰は長いまつ毛を伏せ、目を閉じる。
それが「信じない」の意味なのか、「認めざるを得ない」のかはわからなかった。
けれど、その沈黙の奥に、確かに揺れるものが見えた気がした。
──その時。
「玲亜ー! 落ち葉集め手伝ったよー! ……あれ、散らしちゃったかもー!」
境内の奥から碧の間抜けな声が響いてきた。
振り向けば、両手いっぱいに抱えた葉っぱを風に飛ばされ、慌てふためく青い犬耳。
私は思わず苦笑してしまう。
──それでも、守りたいと思った。
この不器用で、まっすぐで、どうしようもない兄弟を。




