狛犬の告白(5)
“狛犬の化身”。
信じがたい言葉だったけれど、嘘を言ってるようには見えなかった。
碧のまっすぐな目が、冗談も飾りもない本当の色をしていて、
その背後で静かに立つ宇汰も、何も言わず、それが“事実”であるかのように佇んでいた。
耳が生えてる時点で、普通の人じゃないことなんて、とっくにわかってた。
けどそれでも、“神さまの使い”とか“狛犬”なんて言葉を聞いた瞬間、
現実との間に目に見えない壁ができた気がした。
「……なんで、私なんかに教えたの?」
気づけば、そう口にしていた。
碧は少しだけ目を伏せてから、答える。
「ほんとは、言っちゃいけない決まりだった。
でも……玲亜が俺を見てるときの目が、あんまり優しくて……」
ふわりと、微笑む。
「俺も、ちゃんと向き合わなきゃって、思った」
その言葉は、きっと本音で。
だからこそ、私はますます自分の気持ちがわからなくなる。
碧がただの“人”だったら。
ちゃんと恋して、ちゃんと付き合って、
そうやって未来を思い描けたかもしれないのに。
「……ずるいよ、あんた」
「えっ」
「優しいし、まっすぐで、ちゃんと見てくれて……
それなのに、“人じゃない”って、最後に言うの、ずるい」
涙はこぼれなかったけど、喉の奥がひりついて、息が苦しくなる。
碧は黙って、私の顔を見ていた。何も言わずに。
私は、自分でも気づかないうちに、心のどこかで“人間であってほしい”って思ってたんだ。
その方が都合がよかった。好きになる理由も、そばにいる理由も、簡単に手に入ったから。
でも、違った。
この人は、私とは違う世界の存在だった。
「……そっか」
私は、ゆっくり深呼吸をして、笑ってみせた。
「でも、それでも――私は、あんたに会えてよかったって思ってるよ」
碧が、目を見開いた。
「玲亜……」
「まだ整理はつかないけど、でも……
“好き”って気持ちは、誰に向けたって、自由でしょ?」
心臓が痛いくらいに高鳴っている。
でも今だけは、それを隠さないことに決めた。
「碧が、狛犬でも、神さまの使いでも、耳がふわふわでも──」
「そこいる?」
「いる!」
そんなやりとりに、少しだけ空気が和らいだ。
でも、私は真っ直ぐに彼を見て、はっきりと口にする。
「私、碧が好きだよ」
今までで、一番はっきりと言えた“本当の気持ち”。
碧は一瞬だけ呆けた顔をして、それから耳をぴこっと揺らして――
「……ほんとに?」
「嘘つくわけないでしょ」
「……そっか。……あはは」
照れくさそうに笑った碧は、どこか泣きそうにも見えた。
宇汰はその様子を見て、小さく肩をすくめた。
「……やっぱり止めても無駄だったみたい」
「うん。兄さん、もう戻れない顔してる」
「……聞こえてるぞ?」
「わざとだよ」
その軽口に救われたように、空気がほんの少し柔らかくなる。
でも、確かにわかった。
私と“狛犬”の青年の恋は、
人と神さまの境界を越えて、今、やっとひとつの形になったんだ。




