第38話「決勝前夜 リズムと拳」
――《バトル・フェスティバル2026》、決勝戦前夜。
控室の窓から見えるステージは、まるで星の海のように輝いていた。
世界中のプレイヤーが注目する決戦の舞台。そこに立つのは、たった二つのギルド――《ひまわり団》と《ストライカーズ》。
風間舞は、スーツ型モーションキャプチャの袖を握りしめていた。
背中を伝う汗が、まだ乾かない。
今日まで走り抜けてきた戦いの記憶――氷の舞台、嵐の戦場、そして仲間たちの笑顔。
全部が胸の中で鳴っていた。
「……いよいよ、だね」
隣に座る高瀬葵が、優しく声をかける。
彼女の盾がライトに反射し、ひまわりのようにきらめいた。
「明日は世界中が見てる。舞のリズム、全部届けよう」
「……うん。でも、まだ怖い」
「怖くてもいいよ。あんた、そういう顔してるときが一番強いもん」
葵の笑顔に、舞は思わず吹き出した。
勇太は腕を組み、いつもより真剣な顔でモニターを見つめている。
「次の相手、黒川レンジ……格闘型の頂点だ。舞、お前と同じタイプだな」
沙羅が頷いた。「でも、踊らないタイプ。あれは“理想の勝利”を追う拳」
千尋が画面越しに言葉を継ぐ。「対照的で映える! あれ、絶対バズるから!」
「もう、それ言わないでぇ!」
舞は顔を真っ赤にして抗議したが、仲間たちの笑い声に不思議と肩の力が抜けていく。
そのとき、控室のドアがノックされた。
「……入るぞ」
聞き慣れた低い声。黒川レンジだった。
黒髪を束ねた彼は、冷たい表情の奥にわずかな熱を宿している。
空気が一瞬で張り詰めた。
「明日、決勝だ。お前ともう一度やれることを、誇りに思う」
「……レンジくん」
「だが今回は、“ショー”じゃない。観客を沸かせるためでも、人気を取るためでもない」
レンジはまっすぐ舞を見据えた。
「これは俺とお前の、真剣勝負だ」
舞は数秒、息を止めた。
胸の中で、何かが弾けたように熱くなる。
そして、笑った。
「うん。私もそう思ってた。――踊るように、戦おう」
レンジの口元がわずかに動く。
「……それが、お前らしいな」
彼が去ったあとも、舞の心臓はドクドクと速く鳴っていた。
その鼓動が、もうリズムそのもののように感じられた。
夜。
大会会場の裏手――静かな練習スペースに、舞の姿があった。
照明も落とされ、広い床の上に彼女の影だけが浮かんでいる。
足を置く。
手を構える。
息を整える。
――ジンガ。
――スウェイ。
――マルテーロ。
誰もいない空間に、リズムが響く。
音楽もないのに、足音と息遣いだけで“世界”が流れ始める。
彼女の身体が舞い、風を裂く。
「レンジくんの拳は、強い。
でも――私が見たいのは、勝ち負けじゃない。
戦いの中でしか見えない、“心”のリズム」
静かに、両手を胸に当てた。
すると、背後から足音がした。
「やっぱり来てたか」
葵たちだった。
勇太が笑いながら手を振る。「練習すると思ってたよ」
千尋がカメラを構えながら「この光景、永久保存版だわ!」と叫び、沙羅が小さく笑った。
葵は一歩前に出て、優しく言った。
「舞。あんたのリズム、明日は世界中が見てるよ」
舞は首を振って、笑った。
「恥ずかしいー!でも楽しみだね!」
その言葉に、葵は目を細めて頷いた。
「うん!楽しみ!明日は全力で楽しもう!」
舞は深呼吸し、夜空を見上げた。
星が瞬く。そのひとつひとつが、まるで拍子を刻むように輝いている。
(明日――きっと、世界がリズムで揺れる)
風が吹き抜け、ひまわり団の笑い声が夜空に溶けた。
決戦の朝は、もうすぐそこまで来ていた。




