第23話「深淵への門出」
数日後の朝。ギルド協会の前には、街の人々がずらりと並び、《ひまわり団》を見送っていた。
「舞ちゃーん! 動画見てるよー!」
「深淵でもチートしてこーい!」
「いやチートじゃないですってばぁぁ!」
舞は顔を真っ赤にして手を振る。その横で、葵は胸を張りながら堂々と答えていた。
「任せてください! 舞は最強なんですから!」
協会から渡されたのは、緊急ポーション、転移用のクリスタル、そして各ギルドの旗印。勇太はそれを肩に担ぎ、気合十分だ。
「行くぞ、《ひまわり団》! 俺らの冒険が、ここから始まる!」
◆
馬車で数時間。《深淵の回廊》の入り口は、山の裂け目の奥に広がっていた。
石造りの門がぽっかりと口を開け、内部からは薄紫の光と黒い霧が漏れ出している。地面には幾何学模様の魔法陣が浮かび、脈動するように光を放っていた。
「……これが未踏領域」
沙羅が無表情のまま、矢筒を握る指先に力を込めた。
「なんか、雰囲気からしてバッドエンド臭すごいんだけど」千尋は苦笑いしつつ、端末を操作して撮影モードに切り替える。
「動画映えは間違いないね」
舞はごくりと喉を鳴らした。心臓が速く打つ。
(未知の敵……怖い。でも……ワクワクする)
「舞」葵が笑顔で盾を掲げる。「大丈夫。私たち全員で挑むんだから」
「……うん!」
こうして《ひまわり団》は《深淵の回廊》へと踏み入った。
◆
内部は異様な光景だった。
壁は黒曜石のように輝き、足元には白い霧が漂っている。光源はないはずなのに、天井の裂け目から星空のような輝きが瞬いていた。
「うわ、マジでゲームのホラーDLCみたいじゃん」
千尋が小声でつぶやいた瞬間――霧が渦を巻き、影のような人型が這い出してきた。
「出たぞ!」勇太が剣を構える。
「人間……?」舞は思わず身を引いた。
影の兵士は剣を振り下ろしてくる。動きは重いが、不規則で読みにくい。
「勇太、下がって!」葵が盾で受け止める。金属音ではなく、不気味な軋みが響いた。
「こいつ……斬撃を吸ってる!?」
勇太の一撃が影を裂いても、黒煙となって再生していく。
「物理効かねーのかよ!」
「じゃあ、燃やすわ!」千尋が火球を放つ。炎が影を包み、甲高い悲鳴のような音が広間に響き渡った。
「効いた!」
舞は回り込むようにステップを踏む。影の剣が不規則に振るわれるが、彼女は体をしならせ、逆さまのように回転して避ける。
――カポエラの動きだ。
床に手をつき、逆立ちの状態から足を振り抜く。光を帯びた蹴りが影を弾き飛ばした。
「よしっ!」
「舞、ナイス!」葵が声をあげる。
沙羅が冷静に矢を放ち、千尋が追撃魔法で影を焼く。勇太が前に出て残った分身を切り裂き、葵が防御を固める。
それぞれの動きが噛み合い、連携は次第に形になっていった。
最後に舞が大きく回転蹴りを放ち、影兵士は霧とともに霧散した。
「ふぅ……やっぱり怖いけど、なんとかなるね!」
舞が息を整えると、勇太がニヤリと笑った。
「いやいや、なんとかしてんのはほぼ舞だろ! マジで反則級!」
「だ、だからチートじゃないってばぁ!」
「……でも映えた」沙羅がぼそりとつぶやき、千尋は大笑いする。
「これ動画化したら100万再生いくわw “影兵士を逆立ちで蹴り飛ばすカポエラ娘”ってタイトルでな」
「やめてぇぇ!」
◆
笑い合う彼らの前で、ふいに地鳴りが響いた。
床の紋様が赤く脈打ち、奥の通路から吹き荒れる風が霧を吹き飛ばす。
そこに――巨大な影が立っていた。
兵士ではない。四本腕を持つ巨躯、頭部は角のように歪んでいる。目の部分だけが赤く輝き、深淵の闇を切り裂いていた。
「な、なにあれ……ボスじゃん!」千尋が悲鳴を上げる。
「……本番はこれから、ってことか」勇太が剣を構える。
「全員、気を抜かないで!」葵が叫ぶ。
舞は震える脚を押さえながら、一歩前に出た。
「未知だからこそ……楽しむんだよね」
自分に言い聞かせるように笑う。
巨大な影が咆哮を上げ、回廊全体が揺れた。
《ひまわり団》の挑戦は、まだ始まったばかりだった。




