第八話 入学式前の邂逅
「ファフナちゃん!?!?!?」
なんでココに!?まだ入学式前だぞ!?…っあ!
思わず彼女の名前を叫んだことに気がついて、ハッとして己の口を手で塞いだ。でも時すでに遅し。
…バ、バカなのか俺は!!現時点で俺が龍紋 ファフナの名を知っている筈が無い。知らないヤツに名前を呼ばれたら不審に思うのは当然だ。接点無い…よな?
思い出せ第1話を。数少ない原作独葉巳とファフナちゃんのセリフを思い出すんだ…。
…
……
………
落ち葉ちゃん『や、やめてください蛇腹くん…!いやぁ!』
蛇腹『ククク…よく鳴くなぁ洛陽!
知ってるかぁ?ヘビは獲物を生きたまま喰らうんだぜ…?どう言う意味か分かるか洛陽ぉ!』
落ち葉ちゃん『〜〜〜〜〜っっっ!!!!』
蛇腹『ククク、洛陽…!イイね唆るよその表情…!精々抵抗してくれよ!俺の無敵の『蛇群召喚』にぃ!』
ファフナちゃん『悪漢撃退ドラゴンドロップキーック!!!』
蛇腹『げぼぉっ!?』
ファフナちゃん『うーわ何このヘビの群れ…。
入学式早々、乳繰り合ってるバカップルがいると思い聞き耳…じゃなかった。
通りかかって見れば、何をしてんだ一体』
蛇腹『…痛っ!な、なんだテメェ!俺の邪魔ぁしてんじゃねぇぞ女ァ!』
ファフナちゃん『オレ…じゃなかった、私は通りすがりのただの女子高生。
平和な日常を求めてるごくごくフツーの女子高生よ』
落ち葉ちゃん『た…助けて、く、ださい。お願い助け、て』
ファフナちゃん『うん。助けるよ。私の求めるフツーの日常に、悲しい顔した子がいるなんて許せないもんね。
ジャなんとか、だっけ?…お前みたいなヤツは一度分からせてやんないとダメだよな』
蛇腹『キメェなぁおい!!!正義の味方気取ってんじゃねぇボケッ!行けヘビ共!あの女をクビり殺せっ!!!』
ファフナちゃん『徹底的に、な!』
………
……
…
確かこんな事を話していたと思う。小さな差異はあるかもしれないが、概ねこんな感じだった。
…うん。はっきり言って蛇腹はカス。そこは今はまぁいいとして、やはりだ。
原作の俺とファフナちゃんに過去の接点は無い。今の俺の記憶にも彼女と出会った記憶はありやしない。
漫画ではこの後、彼は登場していない。俺が読むのを止めてから再登場していた場合はわからないが。
この後の展開はゲボぉ〜だか、ギバァ〜だか叫びながらボッコボコにされ、1ページ後にはズタボロで警察に引き渡されて退学&退場の蛇腹が小さなコマに描かれていたはずだ。
「だ、誰だお前?どうしてオ、私の名前を…?」
やっぱ、まずったよなぁ!?
ファフナちゃんは怪訝そうな顔をして俺の顔を見つめている。
逃げた方がいいか?いや、ファフナちゃんの身体能力は人外染みているし止しておいた方がいい。逃げ出してもその気になれば一瞬で捕まってしまう。それにそんな事をすれば、ファフナちゃんの疑念を強めるだけだよなぁ。
彼女はしばらく俺の顔を見つめた後、ハッとした様子で自身の下半身へと顔を向けた。
「あ、あ〜っ!!!!!し、しまったっ!!昔の癖でまた男子トイレに…!
セ、セーフ!まだ出てないまだ出てない!」
お!こ、この反応原作で見たやつだ!
うっかり男子トイレ侵入は『じゃむうま』ファフナちゃんの鉄板ネタなのだ。一部読者は作者の性癖だ、なかなか業の深い癖持ちだと興奮?していた。
いやいやそんなこと考えてる場合じゃ無い!どう誤魔化す!?
ベルトを巻き直し服装を整えたファフナちゃんと俺、2人が向き合う。
ファフナちゃんに遠慮はない。俺の顔をしっかり見ようとズイっとすぐ近くまで顔を近づけてきた。
「…で?誰、お前?…っとダメだ。ヴロトレキに怒られちゃう。
ゴホンッ!君は何処のどなた?どうして私の名前を知ってるのかしら?」
「え、えーっとぉ…」
鼻と鼻がぶつかりそうな距離までファフナちゃんの顔が来て2つの意味でドキドキする。あ、いい匂い…っダメダメ変な顔するな鼻の下伸ばすなっ!
わ、黒と金の混じった不思議で綺麗な目。…っダメダメ!
俺は真顔をキープしようと努めつつ、なんとか言葉を紡ぎ出した。
「あのー、俺はですね」
「…っく」
「く?」
「…っく、くっさ!?」
「へ、へぇ??」
「おおぉ…お前やばすぎ。剣道着と体育館倉庫とゴーヤと納豆を煮詰めてジャムにしたみたいな匂い…。
頭がクラクラする。ちょっとタンマ…」
…え!?
フラフラと個室に入っていくファフナちゃんを見送りつつ、俺は泣きそうになっている。
めっちゃ傷付くんですけど!!俺って臭いの!?こっそり腋の方をクンクンする。いや臭く無い…よな?後で香水買お。
…あ、そっか!俺は彼女がこうなった原因にようやく気がついた。
理由はおそらくファフナちゃんの持つ龍の血。ファフナちゃんは邪龍の血を濃く引いている為、身体能力や五感などが普通の人間よりもかなり優れている。
そういえばすっかり鼻が慣れてしまっていたが、先人の汗と涙の結晶革鎧を身に付け、スライムの粘液に塗れた俺はさぞ酷い匂いなのだろう。
でも女の子に臭いと言われて、俺のお豆腐メンタルはズタボロだ。うん、やっぱり帰りに香水買お。あと汗拭きシート。
「おえー」
「…」
ジャアァァァァ…
彼女のリバース音と個室から水の流れる音。それを聞くのは悪いと思い、なんとなく耳を防いで彼女を待つ。
逃げ出しても仕方ないしな。…さぁ、どう言い訳したもんか。