第六十七話 バズにお礼を
「爆世。さっそく授業サボっちゃったけど着いてこれる?後で教えてあげよっか?」
「おう」
「爆世。聞いてよ、この小説なんだけどさ最後のどんでん返しがスゴいんだ。爆世は本とかあんまり読まないけど、本当にオススメだよ。そうだ、ストーリー要約して教えてあげよっか?」
「おう」
「爆世。さっきの授業でビスケット焼いたんだよ。爆世の分とっといたんだ。どうせ朝食べてないでしょ。ホラ口開けて。食べて食べて」
「ふぉう」
見えない!隙の糸!話しかける隙が無い!
バズが登校してからというものの、瞳告くんたら元気いっぱいだ。バズもバズでお世話され慣れてるというか、口一杯に詰め込まれたビスケットをもしゃもしゃと咀嚼するばかり。
いやはや御三家といえば『じゃむうま』だと、誰も彼もがバチバチしてた印象だったからなぁ。それがバズと瞳告くんの仲の良さといったら俺と落ち葉ちゃんレベルである。こんなところに友情はあったんやなって。
「人に歴史ありだね」
「何を訳知り顔で」
「……むぅ」
後方腕組みしているとファフナちゃんに呆れられた。
落ち葉ちゃんは落ち葉ちゃんで何やら小さく唸っているぞ。その視線はチラチラと忙しなくバズの方に注がれており、…あぁ、なるほどね。先日のカフェでの件でお礼を言いあぐねてるのか。ここは瞳告くんには悪いけれど、ちょいと助け舟をっと。
「バズ、バズ」
「それでね。それでさぁ。世界史の先生なんだけど、これがまさかの…っ
「あ?おう瞳告悪いな。ちょっと待ってくれ。…どうかしたか独葉巳という名の人生よぉ」
瞳告くんを手で制し、もといコルセットアームで制したバズがこちらに振り向いた。
…っ!?な、なんか一瞬もの凄い寒気がした様な。か、風邪かなぁ?帰ったら葛根湯飲んどこうかな。
「ごめんね話遮っちゃって。ちょっと落ち葉ちゃんが話があるってさ」
「え、ちょ、どっくん!?」
「あぁ?茶髪女がどうかしたかよ」
「バズ。落ち葉ちゃんだよ〜」
「…へっ!その落ち葉ちゃんという名の人生がオレという名の人生になんの用よ」
そうそう。やっぱり名前で呼んだ方が感じいいよね。ほら落ち葉ちゃん。勇気出しちゃえ。ポンポンと彼女の丸まり始めた背を撫でるが、落ち葉ちゃんは落ち葉ちゃんでツンとそっぽを向いてしまった。
「…わ、わたしは別にこのツンツンに用事なんか」
「落ち葉ちゃん。バズだよ」
「…爆世だけどね」
落ち葉ちゃんに話しかけている最中、瞳告くんが何やらボソリと呟いたけどよく聞こえなかった。独り言かな?
それはそれとして、落ち葉ちゃんは俯きがちに「ぐむむ」と唸っている。まぁ、彼女は戦闘訓練所の件でバズに良い気持ちを抱いてない部分もあるしなぁ。俺はもう気にしては無いんだけどね。でも俺以外にも迷惑を掛けているのは事実だしなぁ。
「む…」
「…で?なんだよ落ち葉ちゃんとやら」
「むむ…」
「けっ、嫌われたもんだなぁ」
「ばっ!ばばばば…バズくんにお礼が言いたいだけだけど!」
「…!へぇ、そりゃ大層なもんで」
おぉ、よく言えました!内心拍手喝采の嵐が吹き荒れている。
ぎゅっとスカートを掴む彼女の手に力が入っていた。落ち葉ちゃんはこういう時に意固地になりやすいから言えてよかったよ。俺は嬉しい。
バズもつまらなそうな表情を変えて、口角を僅かに上げていた。どうやら落ち葉ちゃんに対して少し興味を抱いたみたいだ。
ファフナちゃんはお弁当をつまみながら彼と彼女の様子をじっと見守っている。ヴロちゃんさんはというとまるで興味は無いらしく、もくもくと購買のサンドイッチを口に運んでいる。シマヘビくんも言わずもがな。
『食わないなら貰うぞ。食ってても貰うがな』
「シャ〜」
手元からもしゃもしゃと咀嚼音が聞こえる。多分だが視線を戻したら弁当箱一帯は草一本も生えない荒地と化していることだろう。
「…っ!」
勇気か何かは分からないが、キッと力の入った目で落ち葉ちゃんがバズを見た。わなわなと唇が震え、ふぅと小さく息を吐く。そして改めて彼女の口が開かれた。
「そ、その前にだけど…訓練所での件、わたしは許してないから!どっくんが許しても許さないから!」
「…へっ。あぁ、そうだな。ありゃあ、コイツという名の人生に悪い事したと思ってるさ」
「わたしにも悪い事したよ!わたしにも他のみんなにも!施設にも悪いことしたよ!でも、今はそれはいい!その腕が治るまでは置いといてあげる!」
「はっ、そりゃありがたい限りの人生で」
「…むぅっ!嫌い!でもありがとう!一昨日はありがとう!でも嫌い!でも、それでもわたし達を助けてくれてありがとう!…それだけっ!」
「………お、おぉ。別に助けた訳じゃねぇんだがよ」
「うるさい!感謝されとけ!」
「あ、あぁ。されといてやる」
おぉ、バズが困惑している。
落ち葉ちゃんのぶん殴るみたいな感謝と、ストレートな嫌い口撃に翻弄されているみたいだ。…まぁ、確かに彼のやった事は許される事ではない。だから、今後バズが謝りたくなったり償いをしたいという時が来たら、その時は俺も手伝いたい。今はまだ何が出来るかは分からないけれどね。
ふん、と大きく鼻から息を吐いた彼女がもう何も言う事は無いとお弁当をかき込み始めた。ファフナちゃんと目が合う。彼女は金と黒の混じる瞳を僅かに細めて、しょうがないなと小さく笑った。一先ずは一件落着…?かな。
「あ、あぁ〜…ちょいと便所行ってくら。また後でな」
「うん。わかった」
「あ、爆世っ」
バズが気まずそうに唇を歪めると、瞳告くんにバッグを預けて大股で教室を後にした。彼も彼で何か思うことがあるのかもしれない。…あの腕でどうやってトイレするんだろ。
あっ、そうだ。ちょっと場の空気がアレだけど相談するなら今しかない。バズのバッグを抱えながら廊下の方をぼぅっと見ていた瞳告くんに小さく耳打ちをする。
「あの〜…瞳告くん」
「わっ!?」
「うぉぉ」
ビクンと彼の体が大きく跳ねた。聞いたこともない大きな声を上げながら。正直、こっちもメチャクチャびっくりしている。完全に虚を吐く形になったらしい。なんだかかなりレアな物を見た様な気もするけれど、ちょっぴり悪い事をした気分だ。
耳に手を当てながらこちらに振り向いた瞳告くんは眉を顰め、声を上げてしまった羞恥心からか顔を赤くしている。
「何をすr…
「ご、ごめんね!ホントごめん!そんなに驚くなんて思ってなかった!」
「………うん。全然気にして無いよ。こちらこそ驚かせてごめんね」
「…いや、悪いのはこっちだから!」
「そうだね。それで、どうかしたかな?」
「ああ、うん。…?あっと、悪いんだけどちょっと昨日の件で相談したくて」
「うん、もちろんだよ蛇腹くん。あの件だよね」
「う、うん。そう、あの件」
良かった。いつもの笑顔だ。ただ先程まで柔らかく暖かさを湛えていた彼の青い瞳に影が差している。やっぱり、ちょっと機嫌を損ねちゃったかなぁ。
「わかった。ここじゃあ、なんだしさ。着いてきて。事情を知ってる龍紋さんも一緒にさ」




