第六十四話 かつてヴロちゃんさんだった何か
本日も快晴なり。
3人揃って駅の改札を後にすると、心地よい春の風が桜の花びらを舞い散らした。
もちろん到着駅は学園前だ。3日目となる学園だが、まだまだ西洋モチーフの外装には圧倒されるばかりである。
前も後ろも似た様な学生服が一方向に進んでいく。数多の学生たちに混じって、俺たちも雑談混じりに正門を潜っていた。
「今日の授業はなんじゃろな〜」
「1時間目はスキル学だってさ。座学の方の。先生はなんとスキル学の権威、那由多万 兆垓先生!学び甲斐があるわね!」
「うぉわぁ〜。眠くなりそー」
「俺、さっそく出遅れちゃったからなぁ。ついていけるかしら」
「…あれ、どうしたんだろ?すごい人集り」
ふと落ち葉ちゃんが背伸びしながら見たのは初代校長像の方。見れば確かに多くの学生たちが人集りを作っている。何かあったのだろうか。
銅製の校長像も困った様子で真下の方を覗き込んでいる。気になった俺たちが野次馬根性で人の合間を縫ってみると、僅かに隙間から見えたのは…
ぶ〜ん、ぶぶぶ…
「うわっ」
ぶんぶんぶん。ハエが飛ぶ。生ゴミ放置で油断してたら、すぐに湧く事で有名なクソデカフライ(クマバチサイズ)が何匹も飛び交っている。彼らの真下にて横たわっているのは男物の制服を着込んだ学園生徒らしき人物だ。し、死んでる…?
大きなハエくんたちが楽しげに倒れ伏した何処ぞの誰かの上を飛び回っている。おぉ、ディープキスしとる。おぉ、こんな公衆の面前でそんな大胆な交尾を…。
いや、そんなことより学校前でどうしてこんな…。行き倒れ?ま、まさか考えたくはないがもしかして、雄鶏 撮多寡の犠牲に…!?
「す、すいません!通して…!」
「あっ、どっくん!」
思わず人混みを押し退け、駆け寄る。倒れていた人物のすぐ近くまで来て、顔を覗き込み息を呑んだ。なんとその正体は、彼の、いや空色の髪をした彼女は…!
「ヴ、ヴロちゃんさーーーーん!!!」
「あ、あえ…」
ファフナちゃんのお守り役で自称ボディガードであるクレイジーサイコレズ、ヴロトレキことヴロちゃんさんその人であった。
焦点の合わない虚ろな目で、舌を出してピクピクと痙攣している彼女はまさしく死に体。飛び交うハエくんたちを手で払い、彼女を抱き抱えて俺は叫んだ。
「し、死んでる…!」
「あ、あえ…」
FXで有り金全部溶かしたみたいな顔でヴロちゃんさんが死んでる!一体何があったというんだ!
虚ろな瞳で天を仰ぎ見た彼女の口が微かに震える。
「ふぁ、ふぁふな様…何処………がくっ」
「ヴロちゃんさーーーーーーん!!!!!」
くそぉ!どうしてこんな事にっ!
クソデカフライが腰を振る!ヴロちゃんさんの頭の上で決死の大交尾!死者の上にて育まれる生命の輪舞!ど、どないしてそんなに彼女の尊厳を踏みにじれるんや…!
嘆き悲しんでいると、一足遅れて人混みを抜けたファフナちゃんが腰に手を当ててヴロちゃんさんを見下ろした。
「…ふぅ、どうしたのヴロトレキ?こんなトコで寝て」
「ファフナ様っ!!!」
「おわっ!」
「んがっ!?」
勢いよくファフナちゃんに飛び付いたヴロちゃんさんの額が俺のアゴを強かに打ち付けた。よ、良かった…元気そうで…。
「ファフナ様っ!ファフナ様ファフナ様!くんかくんか!くんくんくんくん!」
「…もうヴロトレキったら」
涙目でアゴを摩っていると、ファフナちゃんに抱きついた忠犬番犬ヴロちゃんさんが、本物の犬の如く彼女の香りを堪能し始めた。
なるほど。どうやらファフナちゃん成分が欠乏していたらしい。何がなるほどなんだ。
「ふんふんふんふん!すんすん…っ!?」
ピタリとヴロちゃんさんの動きが止まった。どうしたというのだろう。成分を十分チャージ出来たということだろうか。
動きを止めた彼女の頭がギギギと錆びついた機械の様に、ゆっくりとした動作でコチラを向いた。どうも目付きが鋭い気がしなくもない。
「…おいミナダイスキー・ドッグ」
「なに?どうしたの?」
「ヴロトレキ?」
随分と声が低い。何やら不穏な空気が流れ始めた。彼女は怒気を孕んだ声で「どうして」と呟いた。
「どうしてファフナ様から貴様と同じ洗髪剤の匂いがする?」
「え?そ、それは…」
「どうしてファフナ様から貴様と同じ石鹸の匂いがする?」
「い、いやちょっと待って」
「どうしてファフナ様の全身から貴様の匂いがするのだミナダイスキィィィィィ!!!!!!」
「ちょちょ、嘘っ!なんで今日は朝からこんな目に遭うんだよっ!!」
迷う事なく逃げ出した。最後に見えたのは自身の手首を顔に近付けて匂いを確かめるファフナちゃんの姿。
人混みを掻き分けて一直線に校内に駆けて行く。襲い来るクレイジーサイコレズ。捕まるのは時間の問題。無駄な抵抗、されど抵抗。ただシマヘビくんだけは呑気に首元で大きなアクビをするばかりである。
『ぷわわ…』
「シャー?」
あ、ちなみに黒ヘビくんも復活しました。1日寝たらスキルが使える様にまで回復出来たんだよね。よかったよかった。
「ミィナァァダァイィスキィィィ!!!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!!!」
…
……
………
「うーん…あ、ジャミラのベッドで寝てたからか。なるほど」
「…ぶはっ、ようやく抜けれたぁ。あれ、どっくん!?待ってよぉ!」




