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第七話 戦闘訓練所に行こう④

 落ち葉ちゃんの足元から伸びたツルが絡まり合い、女性らしい姿を取る。


陀羅ダラ


 それが今の落ち葉ちゃんの持つスキル。樹木の肌を持ち、草花の髪を伸ばした、女蛇ラミアにも似た見た目の精霊を使役する能力である。


「陀羅ちゃん!スライムにだけ攻撃!」

『スケベノドクバミ、アイツゴト攻撃シテハイケナイ?』

「だ、ダメダメ!後で美味しいお水あげるから!言うこと聞いて陀羅ちゃん!」

『富士霊峰ノ天然水ヨ。アレガ1番身体ニ合ウ。ソレッ!!』

 

『花ン華ん陀羅』こと陀羅ちゃんの、ツタで出来た髪の束が勢いよく伸びてきた。

 俺の顔に当たるか当たらないかギリギリのところで、へばりついたスライムをこそぎ取っていく。

 痛い痛い!ちょこちょこカスってる!


『ぶみゃみゃみゃみゃ!!?』

「ぶはっ!げほっ!」


 …助かった!

 これは堪らんといった様子でスライムが俺の顔から飛び退いたのだ。


「ごばっ!苦いっ!!ヨダレが止まんない!」

「大丈夫っ?どっくん!」

「苦い苦い!ごほっ!おぇぇ!」

『汚イワネェ。ヒドク無様ヨ、哀レナドクバミ』

「あ、相変わらず口が悪いな陀羅ちゃんは…。あ〜、ゴーヤに納豆を混ぜてジャムにしたみたいな味…」

「うお〜…苦そう」


 口内に広がる凄まじい苦味と粘つきを唾液と共に垂れ流しながら、落ち葉ちゃんの隣に立つ陀羅ちゃんを見る。

 原作落ち葉ちゃんのスキルは『小たんぽぽちゃん』と言う名前だった。マリモの様な小さな妖精を何体も生み出し回復能力のある花を周囲に生やすという力だ。

 漫画では、思わぬ重傷を負ったファフナちゃんに涙を流しながらスキルを発動したシーンにジーンと来たものだ。

 ホント全然違うスキルだな。一体何があったと言うんだ(すっとぼけ)。

 でも、今の落ち葉ちゃんのスキルでないと助からなかったのも事実。今はただ感謝だ。


「…ふぅ。ありがとう落ち葉ちゃん。もう大丈夫。陀羅ちゃんも」

「うんっ。気をつけていこうね」

『フンッ』

「これでスライムの危険性はよくわかったネェ。もしこれが、アシッドスライムなら蛇腹くんはすでに再起不能となっていたよ!」


 立派すぎるヒゲを撫でるオヒゲ教官の言葉に背筋がゾッとした。口の中は未だ苦いが、この程度で済んでいることにも感謝すらしている。

 俺は何度か咳き込みながら、取り落とした剣を再び手に取ると、今度はしっかりとスライムとの距離を取った。


「スライムには核がある。

 そこをよく狙うことだネェ」

「あ〜、まだ口の中がネバネバで苦い…。

 落ち葉ちゃん、陀羅ちゃんにお願いしてスライムの気を引かせてくれない?」

「うん!行くよ陀羅ちゃん!」

『スケベノドクバミ、オマエハアタシニ指示スルナ』

「そこをどーか頼みますよ陀羅ちゃんさん」

『媚ビヘツラウノガ実ニ似合ウナ、ヘタレノドクバミ』


 ゾクゾクするくらいの毒舌だ。ひどくツンツンした態度だが、陀羅ちゃんはこれが通常運転。

 落ち葉ちゃん一家以外には、かなりの塩対応。それも特に男性が相手だと態度の悪さが顕著になる。俺も相当付き合い長いんだけどなぁ。

 落ち葉ちゃんの指示で、陀羅ちゃんは渋々スライムに対してツルや枝を飛ばし始めた。


『ぷみょっ!?ぷー!ぷにににに!!?』


 スライムも必死だ。地面を跳ねたり転がったりして済んでのところで陀羅ちゃんの攻撃を避けている。

 時折、落ち葉ちゃん自身も思い出したかの様に矢を放つ。あ、陀羅ちゃんに刺さった。


『イタイ!落ち葉ヘタクソ!』

「ご、ごめん陀羅ちゃん!」

「『蛇群召喚』…!」


 2人に気を引いて貰っているうちにこちらの準備も整った。

 召喚先はスライムの俺の出せる1番大きなサイズのヘビくんを呼び出した。

 身体以外から召喚する場合、召喚までにおおよそ30秒ほどの時間が掛かる。だが、その分のメリットも当然ある訳で、ヘビくんたちは壁や地面から突然現れたかの様に召喚されるのだ。

 カッコいい魔法陣などは出ないが、急襲には持ってこいという訳だ。それを今回は…


「こう使う!」

「おぉ!何それ!」

『ぶみっ!?』

「ふむ、面白いネェ」


 通常なら地面を這いながら移動するヘビくんだが、今回は一味違う。ヘビくんがスライムの目の前に現れては消え、また別の場所から現れてはまた地面へと潜る。


「名付けて、蛇群潜水!!」

『一体ダケダケド?』

「そっちの方がカッコいいでしょ!」


 原理は簡単だ。召喚の為の門をあらかじめ複数用意して、そこを移動させるだけ。

 その様子はまるで海を潜るみたいに視界から消え、次の瞬間にはまた違う場所から現れという、言うならばB級サメ映画。スライムも突然現れる大ヘビくんに大慌てだ。

 どこから来るか分からない恐怖に慄くがいい!

 …でも、


(思ってたよりキツいぞこれ…!)

『ぶみっ?ぶみにゅ?ぶみみみゅっ!?』


 吐きそうだ。頭痛も、目眩すらする。集中力と、スキルの慣れない使用への疲労感が尋常じゃない。

 だが、実態としてスライムは翻弄され続けている。この戦法は有効なわけだ。落ち葉ちゃん、陀羅ちゃん、そして俺の大ヘビくん。どれに対応していいのかまるで分からなくなっており、キョロキョロと忙しそうに目を回している。

 …っ来た!狙っていたタイミング。それは陀羅ちゃんの攻撃とヘビくんの位置が真反対に立った瞬間だ。


「落ち葉ちゃん今!」

「うんっ!当たって、ねっ!!!」


 とすっ


『ぶみゅっ!?…みゅ、みゅばぁ』

「やったっ!どっくん!」


 核部分に一本の矢が突き立っている。ナイス、落ち葉ちゃん!スライムはぷるぷると震えると、形を保てずドロリと崩れた。

 しかし気を抜くことなく、しばらく睨み合う。念の為、剣を構え直してだ。


「はぁっ…はぁっ…」

「やった…よね?」

『死ンダ死ンダ』


 キツイ…。疲労が尋常じゃない。思いつきでやってみたが息切れが酷い。スキルの慣れない使い方はダメだな…。

 スライムがピクリとも動かなくなったのをしっかり確認して、俺たちはゆっくりと教官の方を振り向いた。


「うむうむ。油断を無くせば決着まで早かったネェ」

「ぶはぁー!勝ったー…」

「やったー!」

『元気ダナ落ち葉ハ』


 緊張の糸が解けた俺はその場で座り込み、対照的に落ち葉ちゃんは陀羅ちゃんに抱きつき、ピョンピョンと初勝利の喜びを全身で表現していた。


「結局まともに武器を使う暇も無かった…」「わたしも陀羅ちゃんに頼り切りになっちゃった」

「初めの内はそれでいいネェ。これは訓練なのだから、少しずつ学んでいこうネェ。

 しかし、スキルばかり・武器ばかりに頼り切りになるのも悪手なのは事実だ。

 それを忘れなければ、今回のことはイイ教訓になったネェ。」

「「はい!」」


 戦闘を終えてオヒゲ教官は俺たちを集めた。

 戦闘時に感じたことや考えていたことなどのフィードバックの時間らしい。

 俺は素直に、スライムが思ってたよりも強かった、こんな味がするとは思わなかった、俺のスキルは不定形の魔物にはあまり有効ではないのでは、などと感じたことをツラツラと連ねていく。


「うむうむ。確かにキミのスキルは人型や足を持つ魔物の方が、力を発揮出来るだろうネェ」

「はい!教官さん!質問いいですかー!」

「うむ。何かね洛陽くん」

「教官さんはどんな武器を使うんでしょうか!」

「ぬはは。たまに聞きたがる子がいるネェ。

 あまり参考にならないと思うが…」


 落ち葉ちゃんの質問だ。俺も正直気になる。オヒゲ教官は原作に登場していないキャラクターだ。

『じゃむうま』世界では、武器があまり活躍していた記憶がない。武器があること前提のスキルなどはあった気がするが、素手で強過ぎる主人公・ファフナちゃんなどは帯刀はしていたがほとんど飾りの様なものだった。

 教官は困った様な嬉しい様な顔をしながら、「少し待っていなさい」と言って無線機に呼びかけた。


呼子よぶこくん。悪いが頼むネェ」

『そう言うと思っていましたよおじさま。

 自慢出来て嬉しいんでしょう』

「ぬはははは」


 再びの魔法陣と共にオヒゲ教官のすぐ隣に巨大な剣が現れた。…剣?これが剣?


「特大剣『洗濯板せんたくいた』。

 私用に特別に仕立ててもらったものだネェ」


 そう言った教官の傍には彼の背丈と同じくらいの大きさで、彼の肩幅と同じくらいの横幅の、まるで剣とは言えない様な分厚い長方形の刀身を持つ代物がドンと立っていた。

 洗濯板とは言いえて妙。まさに巨人が使う洗濯板って感じの見た目だ。


「おぉ〜ロマン武器…!」

「へぇ〜。こんな大きいのちゃんと振るえるんですか?」


 目を輝かせる俺と感心の声を上げる落ち葉ちゃん。

 デカい武器はイイ。俺そういうの大好き!男の子はいくつになってもロマンを求める生き物なのだ。


「もちろんだネェ。

 若い頃はこいつで何体ものオークやオーガなどと渡り合ったものだ」

「へぇ〜、オーガ!やっぱりオーガって大きいんですか!」

「あぁ、大きいとも!私より頭1つ、いや2つ分は大きかったネェ」

「へぇ〜!すごいなぁ。

 教官さんってやっぱりかなり強いんですね!」

「ぬはははは。なァに。私などまだまだだ。

 100年戦争の英雄には、これよりも更に巨きくて分厚い剣を振るう者がいたのだからネェ。

 私はただソレに憧れ、こうして真似たに過ぎないよ」


 立派すぎるヒゲを照れくさそうにイジりながら語るオヒゲ教官。その姿を見てふと思う。

 前世を思い出したのは今朝のことだが、俺は16年間この世界で生きてきた。

 この世界がなんなのかはまだ分からないが、彼もまた生きている人間の一人なんだなぁとなぜだかストンと胸に落ちた。


「よォし。では一度休憩にしよう。

 15分後にまたここに集合だ。

 次は3体のスライムと同時に戦闘してもらうネェ。なぁに、油断さえなければ問題無いさ。合言葉は…」

「「ご安全に!」」


 …

 ……

 ………


「う〜トイレトイレ!」


 水分補給の後、俺は急ぎトイレに来ていた。

 大量のスライム粘液で口の中が苦くて堪らなかった為、オヒゲ教官から貰ったスポーツドリンクで口直ししていたらどうも飲みすぎたらしい。


「っしょと」


 …ふぅ〜。いやしかし、初めての戦闘とは言え、まさかスライムにしてやられるとは思いもしていなかった。

 剣も数回振り回しただけなのに、もう手のひらが痛い。

 正直、俺はもう少しやれるものだと思っていたのだけどなぁ。

 所詮は1話退場のヘビ男なのか、と若干ヘコむ。


「う〜トイレトイレ!」


 肩を落としていると、妙に甲高い声と共に一人トイレに入ってきた。

 声変わり前なのだろうか、それにしても随分と可愛らしい声だ。

 声の主は俺のすぐ隣を陣取る。ふわりと漂う甘いシャンプーの香り。これは相当イイやつを使ってるな…?

 不躾だが、つい興味本位でどんな人物がいるのかチラリと横目で顔を覗く。


「ふんふふんふ〜ん」

「ぅぉっ」

「?」


 思わず声が漏れた。はちゃめちゃに可愛かった。

 なんて美少女…いやいや、ここ男子トイレだぞ?まさか、女の子がうっかり男子トイレに来て、それもわざわざ小便器に立つなんて天然なんてものじゃ無いだろう。これが噂の男の娘ってやつ…か…。


「…」ぶわっ


 …待て。ふとイヤな予感が頭をよぎる。冷たい汗がタラリと額から流れ落ちた。

 確信にも似た予感を振り払う為、俺はもう一度ゆっくりと横の美少女顔の姿を盗み見た。


「…ファ、ファフナちゃん!?!?!?」


 今度は声が漏れたなんてものじゃ無かった。予感は的中。まるで意味がわからない。

 俺の頭は真っ白だった。それも仕方のないことだ。だって…

 俺の視線の先、すぐ隣には、まだ出会う筈の無い『じゃむうま』主人公・龍紋りゅうもん ファフナが立っていた。

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