第六十話 世間話
「ふぃー食べた食べた」
「く、苦しい…。ここまで食べたのは初めてかも…」
「お粗末さまでした」
『まだ食おうと思えば食えるぞ』
腹七部目くらいで抑えるのは体型維持の努めである。食後に熱めの緑茶を頂きつつ、満腹かつ血糖値爆上げのファフナちゃんと落ち葉ちゃんを優雅に眺めている次第である。
ちなみにセリフの前者が落ち葉ちゃんで、後者がファフナちゃんだったりする。ドラゴンハーフでチート主人公なファフナちゃんに食事量で勝るだなんて、落ち葉ちゃんどないなっとるねん。
「落ち葉ちゃんもファフナさんもええ食べっぷりやったなぁ。
もう僕、見てただけで胃もたれしてるもん。後は白ちゃんの愛くらいしか入らへん」
「あらあら、もうー。お父さんったらー」
きゃっきゃうふふ、と食後早々にイチャつき始めた両親に胃のムカつきを覚えつつ迎えた時刻は19時半。春先とは言え空は暗く、やっぱり帰ってくれとは言い難い限りだ。
秒針がやけにゆっくりと進む錯覚に囚われつつ、沈黙のままに飲茶するのも気まずかったので、未だ帰って来ない家族の話題を手始めに切り出した。
「そういえば今日、アネキ帰って来るの遅いね」
「あー、さっきMINNIN入ってましたよー。新入り特別探索士さん達の歓迎会があるんですってー。今日は帰って来ないかもですねー」
「えー!双姉帰って来ないの!」
落ち葉ちゃんが落胆の声を上げる。そうだったのか。通りで何時になっても帰って来ない訳だ。
茶飲みを傾けつつ、一番騒がしいのが帰って来ない事に安堵したのも束の間、姉の話題に関心を示したのはファフナちゃんだった。
「へぇ。ジャミラのお姉さんって特別探索士なんだ。単独?それとも何処か所属してるの?」
「双姉はねぇ。『光差す』ハグ率いるチーム、『龍輝天啓』に所属してるんだよ」
落ち葉ちゃんがまるで自分の事の様に胸を張る。彼女は姉さんによく懐いてたから、当然の反応と言っちゃ当然の反応だ。
しかし意外なのはファフナちゃん。姉さんの所属するチーム名を聞くや否や、苦しそうにしていたのが嘘みたいに前のめりになった。
「『龍輝天啓』!東日本最大手の探索士チームじゃない!お姉さん相当凄い人なのね」
「いろんな意味でね」
「どっくんドラーイ」
『いっぱい食べたら眠くなったぞ』
そうかなぁ?実姉に対する反応ってこんなもんじゃないの?まぁ、俺はダンジョンとかには興味はあるけど、チームがどうこうってのにはあんまり興味無いからかな?
どこが強い、どこが凄いとかはSNSのタイムラインで見たりするけど流し見する程度だからなぁ。…というかシマヘビくんは自由だなぁ。彼は大きなあくびを1つすると、スルスルと胸の召喚門へと帰っていく。食べてすぐ寝たら牛になっちゃうぞ。
「ファフナちゃんって、そういうの好きなんだ」
「まぁね!やっぱ冒険者…じゃなくって特別探索士とか討伐屋ってロマンあるじゃない?カッコいいんだよなー…、ああいうの」
「ふぅん。ファフちゃんって推しとかいる?わたしはもちろん双姉!」
「推し?そうねぇ。やっぱり最大手の『龍輝天啓』、『円卓騎士団』、『女王ノ葬送』は外せないわよね。ダンジョン攻略が配信で見れるのホント良い時代よね!ねぇ、知ってる?ダンジョン攻略配信って国から許可の降りた実力ある探索士にしか出来ないの!優秀な回復役がいる事が必須条件らしいわ!やっぱ怪我や死人が出るのはマズイし映せないもんね。それでも相当な検閲がリアルタイムで入ってるらしいんだけど。
あと個人の探索士なら『砂漠屋』ニック・ジョーとか面白いのよね。単独だから配信は無いんだけど、彼は単騎でダンジョンを踏破して、魔物は全滅、お宝も全部独り占め、後には砂しか残さないからそんな二つ名が付いてるの!やり過ぎだって言うので目を付けられているらしいけど単騎ってロマンあるんだよなぁ。そうそう!単騎と言えばオヒゲ先生があの『ぶつ切り』ガリッパだって聞いてビックリしたわ!功績からして相当な荒くれ者かと思ってたんだけど、やっぱ百聞は一見にしかずってヤツだよな。すごい優しそうな人でホント驚かされた。あとガリッパ先生って多分弟かお兄さんがいるんだよ。現役で活躍中の討伐屋で『八つ裂き』ガリッパってのが居て、オレは結構注目してるんだけどさ。やっぱり討伐屋も外せないよな。いや魔物狩りってカッコいいよなー…あ」
口調を取り繕うのも忘れた、実に楽しそうだった語りがピタリと止んだ。みんなの視線を独り占めにしていた事に気がついて、どうやら我に帰ったらしい。見る見る内に顔が赤くなっていくし、背中を丸めてどんどん小さくなっていくぞ。
「ご、ごめん。ちょっと熱くなっちゃった」
「いやいや楽しい話だったよ?ね、落ち葉ちゃん」
「うんうん!楽しそうにお話ししてると聞いてて楽しいよね!」
「やさしい(やさしい)」
ファフナちゃんが何やら感動している。『恥ずかしいヤツめ』、シマヘビくんが態々顔を出してまで悪態を吐いてきた。悪い子悪い子。…まだ、他のヘビくんを召喚できそうにないな。体調は戻ってきたものの、まだまだ万全では無いみたいだ。ホント、シマヘビくんだけ特別なんだなぁ。
「あれ?そう言えば天秤機関は?そっちは興味無いの?」
「天秤機関は地味」
「くぅ〜ん」
哀れな天秤機関さん。ファフナちゃんの琴線には触れなかったみたいだ。天秤機関も立派な仕事だよ。魔物の絶滅防止とか過剰な繁殖の抑制とか、大事なお仕事だよね。ただ倒すだけじゃ無いからすんごい大変だと思う。
俺たちが特別探索士やダンジョンの話で盛り上がっていると、ふと父さんと母さんの話が耳に入って来た。2人はキッチンで洗い物の最中だ。俺たちもと声を上げたのだが、子どもは仲良くお話でもしてなさいとやんわりと断られてしまった。
「どうも大阪が今、空飛ぶ船作ってるらしいで。西と東を自由に行き来できる都市型航空艦やて。名前は天上天下大俎板言うらしいわ。商船らしいんやけど、随分とケッタイな名前よなぁ」
「あらー。お父さん、久しぶりに帰省出来るんじゃなくってー?」
「いんや、ええわぁ。だって僕の実家は白ちゃんの心にあるんやもん」
「あらー」
「白ちゃん…!」
「あらあらー」
「白ちゃんぬ…!」
父さん母さんがまたまたイチャつき始めた。頼むから血縁者以外がいる場でしないでくれ。さーて、ご飯も食べた事だし俺はお部屋に戻るかな。
「ではでは…」
「あ、それじゃ私も」
「わっ、わたしも!」
俺が席を立つと、昔のRPGみたいに後ろから2人が付いてくる。なんでやねん。客間に行きなさい客間に。俺は冷静に彼女らを窘める。
「こらこら。思春期の男子の部屋にそうそう着いてくるもんじゃありませんよ」
「え?わたししょっちゅう入ってるじゃん」
「それはそう」
はい負け。反論は無いね。俺の負けだよ。諦めて部屋に向かう。ゾロゾロと足音が付いてくるのが敗北感マシマシだ。流石に寝る時は客間に行くよな?…行くよな?
「あー。そうですそうですー。お三方ー」
階段に差し掛かった所で、母さんに呼び止められた。流石の母さんからもストップが入るか!頼む母さん!一縷の思いを託して振り返ると、落ち葉ちゃんファフナちゃんも並んで振り返る。視線の先には足先から頭のてっぺんまで白いヘビの尾でぐるぐる巻きにされた父さんが…一旦置いておこう。
「どうしたの母さん」
「え?ジャミラ、あれスルー?」
「どっくん家ではあるあるだよ」
落ち葉ちゃんとファフナちゃんが談笑している。頼むから、そんなあるあるに慣れないで欲しい。母さんはほんのり頬を赤らめながら、
「お母さんとお父さんはー、少々忙しいのでー。お風呂にお先に入ってくださいー。もう沸かしてますからー」
「あ、うん。おっけー」
何が忙しいのかは深くは問わない。俺が返事をすると母さんがガバッと獲物に飛び掛かる様が目に入ったが、構わず扉を閉めた。防音性に富んだ扉で助かった。
「お風呂だって。誰から入る?俺は後でいいよ」
「お、お風呂…!」
「お風呂かぁ。ジャミラ、遠慮してないで先に入りなさいよ」
「んー、折角だしジャンケンで決める?」
「もう。遠慮しいなんだから」
ファフナちゃんが呆れている。あと落ち葉ちゃんだけ妙な反応をしているな。
目が合うと、彼女は忙しなく目を泳がせるばかりである。先にお風呂に入りたいのかな。遠慮しないで言ってくれたらいいのに。
「落ち葉ちゃん先に入る?」
「が、がっぽりずっぽし!」
がっぽりずっぽし?なにそれ?




