第五十九話 ごはんの時間
「巳白さん!わたしゴハン手伝うよ!」
「あらー。なら、お汁をお願いしましょうかー」
「はーい!エプロン借りるね!」
「すっごい張り切ってるなぁ。落ち葉はいいお嫁さんになれそうね」
「え、そ、そうかなぁ?えへへ…って!わたし、そんなんじゃ絆されないから!はいファフちゃんも手伝う手伝う!」
「いや、オ、私、こういうのはあんまり…わ、わっ」
落ち葉ちゃんに背中を押され、ファフナちゃんがキッチンに参戦だ。
リビングのドアを開くと俺の目に映ったのは丁度そんな光景だった。…なんか増えてない?落ち葉ちゃんは何処から生えて来たんだ。
「おぉ、独。おはようさん。ちょっとはマシなったんか」
「うん。少し寝たらだいぶ楽になったよ」
「そら良かった。メシ食べれそうなんか?」
「うん。お腹は減ってる」
「そうか。みんな張り切ってるから喜ぶと思うわ。…なぁ、ええ光景やなぁ。娘がおったらこんな感じなんやろか」
父さんがキッチンで戯れる3人を見て、染み染みとしている。母さんが慣れた手つきでフライパンを振るい、落ち葉ちゃんがファフナちゃんにエプロンを付けて上げる。そしてファフナちゃんがツナ缶を開けようとして、うっかり缶を握り潰したりなんかして…実に微笑ましい光景だ。
「いやいや、アネキがいるでしょーが」
「双真紀はなぁ。ノーカンや」
「こいつぁヒデェや」
でも同意はする。こんなん姉さんに知られたらぶっ殺されちゃうよ。2人だけの秘密だね。父さんに視線を投げかけると、ニヒルな笑みを返してきた。
「男と」
「男の」
「「お約束〜」」
「どっくん!体調不良で帰ったって聞いて心配したんだよ!熱とかはだいじょーぶ?」
俺の存在に気が付いた落ち葉ちゃんがぱたぱた、と小走りでこちらに駆け寄って来た。ファフナちゃんは料理に夢中、もとい手が離せない状況だ。
「おかえり落ち葉ちゃん。大丈夫大丈夫。ダイジョーブ博士だよん〜」
「むぅ〜?」
元気に振る舞ってみせると、彼女の小さな手が俺のおでこにペタリと触れた。あったかい手だ。誰かさんとは大違い。…あれ?今、誰と比べたんだ?
目の前の彼女は自身の左手を額に当てて、難しい顔をした。少し背伸びをしているのがイジらしい。
「う〜ん、熱は無いかなぁ。でも安静にね」
「ありがと落ち葉ちゃん。ちなみにだけど、どうしてここに?」
「え?え、え〜っと、ほら!ファフナちゃんが泊まるっていうから!わたしが居た方が安心かな〜って!女の子同士だし!」
おっさんだよ。だなんて、口が裂けても言えないなこれは。
確かに中身おっさんとは言え女子1人でお泊まりは世間体がよろしくない。いや、そもそも泊まってもらう必要性が、だなんて言ってしまうと話が長くなるからゴクリの喉の奥まで飲み込んだ。
というか落ち葉ちゃんてば目が泳いでない?バタフライしてるよ。何か隠してない?俺は訝しんだ。
どぱぁん!
「きゃー。マヨの容器が爆ぜるだなんて初めてですねー」
「ち、力加減が難しいっ!やっぱオレは料理みたいな繊細な作業は向いてないんだって…!」
半泣きのファフナちゃんがマヨまみれで唇を尖らしている。哀れな…。
「ありゃ。…料理はわたしに分があるかな」
「落ち葉ちゃんどうかした?」
「あっ、わっ。も、もー!何やってるのさファフちゃんてば!ほらほらお掃除お掃除!あ、こら、袖で拭わないよ!拭いてあげるからジッとしてて!」
「もうオレやだぁ」
珍しくイジケモードに突入したファフナちゃん。落ち葉ちゃんに世話を焼かれているところが微笑ましい。中身は30代という点には目を瞑ろう。
「落ち葉ちゃんも頑張っとるなぁ。でも、料理苦手なファフナさんもそれはそれで…。ええ勝負やな」
「勝負?なんの勝負?」
「………未来のや」
俺が尋ねると、意味深そうなセリフを意味深そうな顔で父さんが言ってのけた。多分だけど大して深くは無いと思う。お、父さんの足元のウィジャボードが1人でに動いてる。S・H・I・N・E…シャインだってさ。いい言葉だなぁ。
「はーい。そんなこんなで完成でーす」
『メシだメシだ』
食卓に所狭しとオカズが並んでいる。レバニラ、鶏レバーの生姜煮、ほうれん草のお浸し、あさりのお味噌汁、ヒジキとツナのマヨサラダ…随分と鉄分豊富なメニューだなぁ。ありがたい限りである。
俺の胸元からシマヘビくんが顔を出した。ゲンキンな子だ。
「でも俺レバー苦手」
『よし、私が食べてやろう』
「だめだめ!貧血気味なんでしょ!たっくさん食べなきゃ!」
「せやぞ独!お前こんな可愛らしい子たちが作ってくれたもん食べへんのはあかんわ!」
「そうですよー。落ち葉ちゃんはお汁を作ってくれましたしー、ファフナさんはサラダを作ってくれましたー。みんな残さず大事に頂きましょうねー」
パチパチと小さな拍手をする母さんだが、ファフナちゃんの表情は浮かない。ツナ缶破砕とマヨ爆散が効いてるんだろう。ちなみに制服が汚れてしまったので、彼女は姉さんのパジャマを借りている。ユルいカッコでも十二分に美少女である。
彼女は唇をまだまだ尖らせながら、少しイジけてる様子だ。
「いや、私は混ぜただけだし…でも本当にいいんですか?私も一緒にご飯だなんて」
「遠慮したあかんよファフナさん!相撲部屋より食わしたるさかい!」
「そうですよー。はい、どうぞ。ごはんチョモチョモチョモランマ盛りー」
母さんが読んで字の如く山盛りのご飯をすり鉢に盛って、ファフナちゃんの席にどーんと置いた。彼女は目をパチクリとさせて、頭より高い位置まで盛り付けられたご飯を見上げた。
「…え、これオレの?」
思わず素に戻っている。これぞ蛇腹家流おもてなし。うんざりするまで食べさせるのが母さんの得意技。おせっかい焼きの偉大なる母である。もてなし殺すは我が家の家訓。心してもてなされてね。
『はぐはぐはぐはぐ』
「あ、こら!シマヘビくん勝手に食べ始めちゃって!」
「はっはっは!ほな、いただこか!手を合わせて!」
「「「「いただきまーす!」」」」
「い、いただきます」
ファフナちゃんだけが一拍遅れてお箸を手に取った。だが、文字通り山の様なご飯に圧倒されて攻めあぐねている。あぁ、そんなモタモタしてるとドンドンお皿に盛られていってしまうぞ!
「あらー。ファフナさんたらご飯が進んで無いわねー。ほら、これ食べて。美味しいですよー。落ち葉ちゃんのお祖母様のお漬物もありますよー。ほらほら、どうぞー」
「えっ、あっ、ちょ」
「ファフナさん、お口に合うやろか。レバー苦手やない?良かったらお肉焼こか。ええ和牛あんねんよ。よっしゃ、遠慮せんでええよ。折角やしみんなの分も焼いてまおか」
「えっ、えっ、えっ?」
ファフナちゃんが狼狽えている内に、キッチンに立った父さんが新しいフライパンを取り出し温め始めた。お、貝汁美味しい。
「いや、そんなわざわざ…!」
「最近、僕すぐモタレてまうんよ。勿体無いから若い子に食べて欲しいわ。な、落ち葉ちゃん!」
「ありがとうございまーふ!」
落ち葉ちゃんは手慣れたものだ。伊達に10年幼馴染みをやっているわけではない。
ファフナちゃんが助けを求めてこちらを見ている。しかし、俺に言える事は一つしかない」
「ほらほら、食べよう。ファフナちゃんなら食べれるでしょ」
「いや、まぁ、食べれるんだけどさ…」
「遠慮してたら父さんも母さんも更にヒートアップしちゃうから。ほら、落ち葉ちゃんを見て」
「むしゃむしゃガツガツむぐむぐ!」
「わ、わんぱくすぎる…!」
わんぱくっ子全開でご飯やおかずをかき込む落ち葉ちゃん。見てて気持ちがいい食べっぷりだ。原作要素は微塵も残っていないが。
ファフナちゃんはしばらくの間、あんぐりと口を開けていたが、落ち葉ちゃんがあんまりにも美味しそうにご飯を食べるので、つられておかずを口に運んだ。
瞬間、彼女の目がカッと見開かれ、
「わ、このレバニラうまっ!」
「ふふーん。もっともーっと食べてくださいねー」
「は、はいっ!」
ようやく調子が出て来た彼女がご飯をかき込み始めた。うんうん。やっぱり、いっぱいご飯を食べる姿はいいね。
しかし、そんなファフナちゃんの姿に対してシマヘビくんが鶏レバーを齧りながら眉間に皺を寄せた。何が不満なのかと尋ねてみると、
『ふん。厚かましさが足りんわ』
「足りてても困るよそれ」
『上に立つ者には必要なのだ』
「みんなステーキはレアでええかな〜?」
食卓はますます賑やかさを増して行き、夜はますます更けていく。
あまりの賑やかさに頭の片隅にずっとあった昼の襲撃者の事や、雄鶏の事を少しの間だが忘れられた。
そして、この世界がもっと平和だったら俺も悩む事は無かったのに、と少しだけこの世界を恨んだりした。




