第五十五話 蛇腹家訪問:来訪者
気がつけば時刻は17:00だ。父さんがワニワニぱ◯っくに食い殺されたのも最早遠い昔。「殺さんといて」
ふと、くらりと目眩を覚えた俺はソファに深く体を預けた。
優れない体調を隠していたが、流石に無理か。あんなに血を流した訳だしね。
額に手の甲を当てると驚く程に冷たかった。堪んないなぁ。目を瞑ると僅かにだが気分が楽になった気がする。
「どしたのジャミラ」
「そういえば貧血気味だったなぁって」
「あっ、もう怪我が残ってないから忘れてた!大丈夫?」
「あらー、少し休みなさいなー」
「うん、そうする。寝たらすぐ治ると思うからさ。どっくん、ねんねすゆ」
「きも」
「くぅ〜ん…」
おどけて見せたが体調はまぁ優れない。身体全体がひんやりしているのが分かる。溜め息を吐くと、共に体力を吐き出している気分だ。
「ほんとに大丈夫?顔、青白いんだけど」
「ヘビってのは変温動物だからね」
「答えになってないから。そうやっておどけるのお前の悪い癖だぞ」
「へ?」
ビックリして思わず目を開けた。ファフナちゃんはあからさまに怒り顔だ。眉間に皺を寄せ、口はへの字になっている。まぁ、それでも百二十分に美少女なわけだが。
「ジャミラ。もっと人を頼りなさいよ」
「俺は大丈夫だって。ほーら、どっくんげんきげんきー」
ソファから身を起こし、両腕に力こぶを作って見せる。正直、全然力が入らないがそこは笑顔でプライスレ、ス…?
あれ?いつの間にファフナちゃんてば俺の目の前に、あ、手の形がデコピンの、え、ドラゴンデコピン?あ、これ、避け、ムリ、死…
「ドラゴンデコピ〜ン(最弱)」
「ぶへ」
俺の脳天があの夏の花火の如く大炸裂…する事は無かった。ファフナちゃんの中指にツンと軽く押されただけだ。でも、それだけの力に俺の体は耐えきれず、力無くソファに倒れ込むハメになった。
「ほら、全然力入ってないじゃない」
「………正直、保健室の時からずっと我慢してました」
「アホ!早く言えっての!そういうの後回しにして良いこと一つも無いだろ!」
しっかりと叱られた。しょんぼり。動きたく無いので、心だけで項垂れる。ファフナちゃんの言う事はごもっともである。
「ジャミラのお母さん。ジャミラの部屋って何処ですか?」
「ジャミラー?独くんのお部屋なら階段を上がってすぐ右ですよー」
「わかりましたっ!よいしょっ!」
「うおっ!?」
「あらあらー」
「おぉ…男前やな」
母さんが手を合わせて、どうしてか少し頬を赤らめている。
死んでた父さんが感嘆の声を上げながら息を吹き返した。「死んでないで」
俺はというと驚嘆やら恥ずかしいやらで、思わず顔を手で覆った。だって、だってお姫様抱っこされちゃってるんだもん…!
「や、やめてファフナちゃん。俺、こんなの嫌っ!」
「寝るならベッドの方がいいでしょ!少し我慢しなさい!」
「ま、まさかされる側だなんて…」
「ガッツあるええ子やな…!お父さんポイント高いで」
「お母さんポイントも高いですねー」
両親がうるさい。一刻も早くここを離れたいが、向かう先は俺の自室だ。エロ本とかは別に無いけど、特別掃除している訳でもないので他人を入れるのは憚られる。
そうこうしている内にもファフナちゃんはズンズンと大股で歩を進めていく。
「ファファファファフナちゃん!お部屋の掃除してないから…!気を使わなくていいから!」
「ファファファファファフナちゃんよ!ちったぁ静かにしてなさい!それに部屋くらい何よ!エロ本くらい見ないフリしてやるっての!」
「えっ、エロ本なんてないやい!」
「寛大なええ子やな…!お父さんポイント高いで」
「お母さんポイントも高いですねー」
こと更に両親がうるさい。
そうこうしている内に、ドラゴンジャンプは階段をひとっ飛び!抵抗する間も無く俺の部屋に辿り着いてしまう。
「ちょ、待っ」
「無礼講ー!」
抵抗は無駄。慈悲は無い。躊躇なく俺の自室に繋がるドアは開かれた。もう気分はスケベメガネにお風呂を覗かれたしず◯ちゃんだ。
「きゃっー!」
「なんだ。思ったよりずっと綺麗じゃない」
「そういう事じゃないの…!」
「まぁまぁ。ほら、ねんねしなさい」
「ふわぁーっ!」
ドラゴンベッドメイクは音より速い!気が付いたら俺は整えられたベッドの上に寝かされており、クシャっとしていた筈の掛け布団がふんわりと首元まで掛け直されていた。
ファフナちゃんはというと、回転椅子に座りながら、俺の部屋にあったツチノコぬいぐるみをむぎょむぎょと揉むのに夢中になっている。
「しくしく…」
「泣いてないで寝なさい」
「ファフナちゃんのドラゴン…」
「ハーフよ。悪かったわね」
「ごめんねドラゴンなんか言っちゃって」
「繊細か。はよ寝ろ」
「…くぅ〜ん」
ベッドに横になるとすぐに眠気に襲われた。疲れや出血のせいだろう。意識はすぐに深く深くへ落ちていき、瞼がストンと…
「どっくーん。元気してるかなぁー?プリン買ってきたぞー!」
「あれ、この声って」
「…あっ、落ち葉ちゃんだね。すぐに中庭から回ってくると思うよ」
「寝ろ寝ろ。って、へぇ。行動パターンも分かってるんだ」
「伊達に10年以上幼馴染してませんから」
「ふぅん。なんか羨ましい」
あっ(察し)。ファフナちゃんてば学園に来るまで森の愉快な獣たちしか友だちいなかったから。…あれ、そう言えば厄介ファンもといクレイジーサイコレズがいたじゃん。
「あれ?ヴロちゃんさんは幼馴染じゃないの?」
「ヴロトレキ?あー…あの子は何というか、まぁ幼馴染は幼馴染なんだろうけど、友だちってよりは私のお守り役として育ってきたからなぁ」
「でも幼馴染は幼馴染なんでしょ。あんなにファフナちゃんのこと思ってくれてるクレイジーサイコレ…げふんげふん、女の子居ないと思うよ。ちょっと乱暴だし?ちょっと感情重いし、ちょっと不器用だと思うけどさ」
「…なんかお前怖いわ」
「し、心外すぎる…!良い感じのセリフ吐いたらこれだよ!」
「お前、さっきもそうだけど他人の事ばっか考えてるだろ。もっと自分も大切にしてやれって」
「そんな事…ぶはっ!」
反論しようと口を開いたら、顔にぬいぐるみが飛んできた。
別にそんな事無い。俺は自己中だよ。だからファフナちゃんにあんな怖い目に合わせたし、今もこうして迷惑かけてる。
「じゃ、私は落ち葉迎えに行くから。ちゃんと寝なって」
「むぅ…」
今日はずっとされるがままだ。それが実に不本意で、しかしどこかで少し安心していた。
何が正解で、何が問題なのか。俺のしようとしている事は間違っているのか。答えは出ない。
ただ、そこに俺がいなくても彼女が笑えていたらそれでいい。そう思っている。そう思いたいと思っている。




