第五十四話 蛇腹家訪問:第二の刺客
「おぉ!お嬢さんが独の彼女さんかいな!いや、これは偉い別嬪さんで!」
「あ、あはは。彼女じゃないんですけど…」
母さんをお姫様抱っこした初老の男がリビングに現れた。母さんは長い長い下半身をぐるりぐるりと彼の身体に巻き付けて何やらご満悦だ。
白髪多めの赤髪に口元の笑い皺、細身のシルバーのメガネを掛けたジジイに片足突っ込んでいる彼こそ、俺のオヤジである蛇腹 八真多だ。
「独、なんやその目。羨ましいんか」
「父さんもう若くないんだからヒザは大事にしなよ」
「ヒザなんかより母さんの方が大事やろ!」
「わたしはおヒザの方も大切にして欲しいですねー」
「どっちも大事に決まってるやろ!アホか独!」
「う〜ん、この」
ちなみに母さんは尻尾を含めると体重は150kgくらいある。ヒョロリとしたオヤジの体のどこにそんな力があるのだろうか。ただひとつだけ確かなのはオヤジの膝が今もガックガクしていることくらい。
だがそれよりも目が行くのは首から顔にかけて無数に乱立する…
「…父さん、その大量のキスマークどうにかなんなかったの?」
「はっは!ええやろ!悪いけど白ちゃんの愛は僕が独り占めやで!勲章や!お化粧や!」
「きゃー!お父さんたらー、もうっ」
「へっぷばぁん!」
照れた母さんの尻尾ビンタが顔面に炸裂だ。勢い余って上半身が壁にめり込むも、見事なバランスで母は落とさない。これぞ愛の力である。
おや、ファフナちゃんが何やら耳打ちしてきたぞ。
「お二人ともジャミラに似て賑やかね」
「俺はもうちょっとまともだよ」
「んなこたぁない」
「いやいや、んなこたぁない」
「いやいやいや、んなこたぁある」
「いやいやいやいや、んなこたぁあるなんてんなこたぁない」
「いやいやいやいやいや、んなこたぁあるなんてんなこたぁないなんてんなこたぁ…
何言ってるか分かんなくなってきた。2人でいやいや言い合いしていると、向かいのソファに腰掛けた未だ母さんを抱き抱えたままの父さんが、俺たちの様子を見ながらアゴを撫でた。メガネの奥の瞳は優しい。だが、その瞳孔はヘビにも似た縦長で、何やら不思議と全てを見透かされている様な気分になってしまう。
「いやはや仲えぇんやなぁ。おい独、仲睦まじいのは結構やけど落ち葉ちゃんはどないすんねんな」
「え?落ち葉ちゃん?どうしてここで落ち葉ちゃんの名前が出るんだよ」
「「「………」」」
どうしたというのだ。突然の沈黙が場を支配した。父さんも母さんもファフナちゃんすら一様に深刻な顔で黙りこくっている。
おや、今度は母さんが父さんに耳打ちし始めたぞ。
「どう思いますお父さんー」
「どう思いますて白ちゃん。これはほんま僕らの息子ながら恥ずかしいてしゃーない限りやわ。落ち葉ちゃんはいっぺんシバいてもええ」
「完全に同意」
ファフナちゃんも後方腕組み首肯しないで。落ち葉ちゃんには落ち葉ちゃんの人生があるでしょ。勝手に俺を彼氏として添えてあげないで欲しい。
不本意極まりない限りだが、多勢に無勢。呆れた表情を浮かべた3人の視線に串刺しにされながら俺は非難轟々嵐の真っ只中で漂流教室する他ないのだ。
「ま、ま、ゆっくりしてって下さい。えーと…こういう場合どないしたええんや。お嬢さん、人生ゲームでもやる?」
「あ、私、龍紋 ファフナって言います!」
「おぉ、これはどうもどうも。独の父親の蛇腹 八真多言います。お気軽にお父さんとでも呼んだってください」
「あ、あはは。よろしくお願いします」
「妻の巳白ですー。あと、独くんのお姉ちゃんがいるんですけどー、帰って来るのは18:00回るかもですねー」
「へぇ、お姉さんが…」
何その目。確かに姉とかいそうだなみたいな目。またまた納得したみたいな頷きやめてね。うんうん、じゃないからね。
「だから女の扱いが上手いのね」
「脳内で勝手にナンパ男に仕立て上げないでくれる?」
「ウィジャボードとかもありますよー」
母さん、それ家族交えてやる遊びじゃないと思うよ。というか何が悲しくてクラスメイト交えて家族とボードゲームに興じないとならんのだ。
可哀想なのはファフナちゃんです。何が悲しくて一家団欒に巻き込まれにゃならんのだ。
いや2人きりも2人きりで気まずいけどさ。
「ファフナちゃんごめんね。2人が舞い上がっちゃって」
「ん?いや、良いご両親じゃんか。なんか昔を思い出すなーって」
そう言ってファフナちゃんは小さくはにかむと、懐かしむ様に遠い目をした。多分だがその昔というのはきっと彼女の、いや彼女がまだ彼だった時代のものだろう。
「きっとファフナちゃんのご両親もファフナちゃんに似て、優しい人だったんだろうね」
「うん。オレのお父さんとお母さんも…」
ふと、ポロリと彼女の目から雫が溢れ落ちた。
「あ、あれっ」
「ファ、ファフナちゃんっ!?」
彼女自身そんなつもりは無かったんだろう。ポロポロと溢れて止まない自らの涙に困惑している。
俺は慌てて彼女の背中をさすりながら、持っていたハンカチを手渡した。
「おぉ!?どないしたんやファフナさん!!なんか気に触ることしてしもうたかな!ほら楽しなるもん一杯あるから泣かんで!」
「もしかして、わたしの体が怖かったですかー?」
父さんがあたふたしながら、何処からか持って来た番犬◯う◯うとワニワニぱに◯くを机に並べ、母さんがソファの後ろに下半身を隠して心配そうにファフナちゃんの表情を伺う。
「い、いえっ。大丈夫です。あぁ、お母さんソファごと移動しないで。お父さんもウィジャボードに質問し始めないで。
良いご家族だなって思ったらちょっと涙が出ちゃっただけなんで。ジャミラもありがと」
彼女は鼻をすんと鳴らし、気を取り直したかの様にニカッと笑った。目元は少し赤らんでいたが晴れた日の様に朗らかな笑みだった。
「さ!じっとしてるのもなんですし、折角なんで遊びましょ!オ、私ボードゲーム強いんだから!」
…
……
………
「そういやファフナちゃん。ヴロちゃんさんは?」
「放って来たわ。どうせ明日も学校には行くんだし、ちょっとくらい私がいなくても大丈夫でしょ」
「えぇ…いやぁ、どうかなぁ?」
気がつけば時刻は16:00に差し掛かる。そろそろ学園も下校時間だ。あの番犬忠犬ヴロちゃんさんのことだ。大丈夫かなぁ。
………一方その頃、学園では………
「ファフナ様ぁぁぁぁ!!!!!何処へ行かれましたかファフナ様ぁぁぁ!!!」
「…おいホメロス。あの女、龍紋にべったりのヤツだぢょ。校長像の上で何してるんだぢょうか」
「知らないよ!ポメは今日こそ赤髪の君に騎士団に入って貰う筈だったのに!それがどうしておデブとウシくんと一緒に帰宅するハメになってるのさ!」
「もぉむ」
「あ、おで様は爺が迎えに来てるから車で帰るぢょ」
「あっそ!じゃーね!」
「もぉもぉ」
「まぁ待つぢょお前たち。貧しい庶民に施しをくれてやるのも富める者の務めだぢょ。送ってやる。乗るといいぢょ」
「…何かムシがよくない?何か企んでる?」
「しっ、失礼なヤツだぢょ!」
「むぅま」
「ファフナ様ぁぁぁぁ!!!!………はっ!あっちからファフナ様の香りが!」
…
……
………
「どっくん大丈夫かなぁ。やっぱり昨日の事で堪えてたのかな。…よしっ、お見舞いだお見舞い!」




