第五十三話 蛇腹家訪問:第一の刺客
「…ファフナちゃんホントに来る気なの?」
「だからこうして一緒に向かってるんでしょ」
「……ホントのホントに来る気なの?」
「だからこうして一緒に電車に乗ってるんでしょ」
「………ホントのホントのホントに来る気なの?」
「だからこうして一緒に家の前にいるんでしょ」
「ホントのホントのホントのホントに…」
「くどい!邪龍一閃!」
ピンポーン
「あぁっ!」と止める間も無く電撃一閃。もとい目にも止まらない速度で玄関チャイムを押されてしまった。
というかいつの間に家の前まで来てしまってたんだ。全然、気がつかなかった。
と、というか…!
「わ、わざわざチャイム押さなくてもカギ持ってるのに!」
「こういうのって挨拶が肝心でしょ?せっかく泊まらせて貰うんだからカッチリキッチリやっとかないと」
「う、うぅん…」
もう俺が何を言おうとファフナちゃんに止まる気は無さそうだ。一体どうすれば良いんだ。
そうこうしていると、『はいはーい』とよく知る声がチャイム越しに聞こえてきた。母である。
するとファフナちゃんはチャイムに向かって、寒気するくらいに猫を被った声色で「こんにちはー」と返事をした。ゾワゾワする。きっと中身がおっさんだからだ。営業トークってやつだ。前世が生きてる。
「私、蛇腹くんのお友だちの龍紋 フ…」
『問題でーす。朝は4本、昼は2本、夜は3本の足を持つ動物ってなーんだ』
「ァフナで、す…はい?」
『制限時間は残り10秒!ちっくったっくちっくったっく…』
やりやがった!母さんがやりやがった!初対面の訪問者になぞなぞを仕掛けるとは、やはり俺の母はマイペースどころじゃないクレイジーマザーである。そりゃファフナちゃんも宇宙ネコみたいになるってもんだ。
流石、タマゴかけご飯食べてる途中にチャーハンが食べたくなったからと急にお茶碗のそれをフライパンで炒めだし、最終的にはやっぱりオムライスが食べたくなったからとタマゴを追加して謎のコメ入り卵焼きを錬成した傑物である。
ファフナちゃんが怪訝な顔でこちらを見てきた。俺は諦めろと首を振るばかりである。カウントダウンはなお続く。答えてあげるしかないのである。
『残り3秒ですよー。ちっ……くっ……たっ……くっ………………』
「あ、あからさまにカウントダウンが遅くなってる…!やさしい(やさしい)…!えーっと、答えは人間…?」
『…!』
ガチャリ
「おっ」
玄関のカギが開いた音がした。入って良しの合図である。ファフナちゃんが俺の顔を覗いて来たので、仕方なく共に帰宅する事となった。断じて友だち堕ちした訳ではない。ここまで着いて来た相手を帰れと一蹴するのは流石に人としてアレだからだ。断じて心を許した訳では無いのである。
取っ手に手を掛けドアを開けた。ドラゴンな彼女に先に入る様に促すと、玄関には当然ながら俺の母さんが…
「正解でーす。やったで賞に昨晩のあまりの肉じゃがをプレゼントですよー。ん、おじゃがが美味しい。味が染み染みですねー」
「失礼します!私、龍紋 ファフナと…おぉ…」
ファフナちゃんが再び挨拶を途中で止めた。どうやら圧倒されている様子だ。まぁ、それも仕方ないと思う。
なんせ初対面相手にタッパーの肉じゃがをツマんでいるのだ。フリースタイルすぎる。ここは母に変わってお謝罪よ。
「ごめんねファフナちゃん。俺の母さんが肉じゃが食べちゃって」
「い、いやいやそこじゃなくって…!」
ファフナちゃんの視線は母さんの下半身に向いていた。スケベである。
「どつき回すぞ」
「ごめんね」
「いいよ」
気を取り直して、…そうか。確かにインパクトのある見た目をしているかもしれない。母さんの容姿はというと、小麦色の髪は肩口で切り揃えられ、目はいつも開いてるのか閉じているのかよく分からないレベルの微笑み糸目と特段変わったものはない。注意すべきはそう、彼女の下半身だ。
「あら、独くんじゃないですか。今日ってば短縮授業でしたっけー?むぐむぐ。キヌサヤってあったらあったで嬉しいですよねー」
「ちょっと体調悪くてさ。早退しちゃった」
「なるほどー。昨日、あんまりご飯食べてなかったですからねー」
「サヤとり頑張ったんですよー」と最早会話になっていない独り言を呟きながら母さんが天井スレスレまで伸び上がった。「ほわ」と間の抜けた声と共にファフナちゃんが母さんを見上げる。肩にかけたカバンがずり落ちたが直す様子は無い。どうやら完全に俺の母さんに意識が持っていかれている様だ。
「母さん。口元におじゃが付いてるよ」
「あれー。お恥ずかしい限りですねー」
そう言って彼女は白い尻尾の先で口元の食べ残しを器用に取り除くとパクりと口へと運んだ。そう、白い鱗に覆われた尾で。
「母さん。ファフナちゃんがビックリしてるよ」
「ごめんなさいですねー。わたしの身体がご迷惑をー」
「いっ、いえいえそんな…!こちらこそジロジロ見ちゃってごめんなさい!」
「ぜーんぜん気にしてませんですよー。見られるの嫌いじゃないですからー」
あまりにも楽観的でマイペース。スイスイとタッパの中身をもぐもぐと減らしていく彼女こそ、下半身がヘビの形を取ったラミアを思わせる彼女こそ、この俺、蛇腹 独葉巳をこの世に爆誕させた偉大なる母、蛇腹 巳白である。
「あれー?そういえば落ち葉ちゃん以外の女の子なんて珍しいですねー。ヤることヤってますねウチの子もー!」
アホなこと言いながら、俺に向かって握り拳を作ると、折り曲げた人差し指と中指の間から親指を覗かせるジェスチャーをし始める母さん。親の下ネタキツいって…!
「勘弁してよ…」
「は、はは…」
これにはファフナちゃんも苦笑いである。
しかし、流石はマイマザー。そんな視線なんのその。ダメージゼロで肉じゃが完食、からのヘビの半身を使ったうねりでファフナちゃんをぐるりぐるりと取り囲んでいく。ごめんね母さんが。
「えっ!えっ!?わわわっ!」
「へぇー綺麗なお髪ですねー。えっとぉ?何処の何ちゃんでしたっけー」
「あ、はい!私、龍紋 ファフナって言います!蛇腹くんのお友だちで、えっと今日から少しの間お泊まりさせて頂きたいなって」
「ファフナちゃんですねー。えー、お泊まりですかー。これはホントにビックリですよー」
「あっ、ご飯とかはこちらで用意しますんで全然お気遣いなく!」
「あー、違います違いますー。嬉しいとかって意味のビックリなんでー。美味しいご飯をたっぷりどっぷりご馳走ですよー」
「あ、いやそんな」
「遠慮はダメですねー。若い子はガツガツ行かないとですよー。ねぇ独くん」
「どういう意味のガツガツ?」
「ガツガツ行きましょー」
ほにゃっと笑顔を浮かべた母さんが、腕が鳴るぜと肩を回す。そんな母を前にファフナちゃんは困惑を称えた愛想笑いを浮かべるばかりだ。
「ほらほら、こんなところじゃなんですからー。上がっちゃってくださいー。独くん、リビングに連れてってあげてー。わたしお父さん呼びますからー。お父さん、お父さーん」
母さんがニョロニョロと尾を器用に動かし、2階にあるオヤジの仕事部屋へと駆けて?行く。ファフナちゃんはというと兎に角、母さんに圧倒されまくりだ。でも甘いよ。
「…覚悟しなよファフナちゃん」
「な、何が?」
「すぐにわかるよ」
そう、すぐにわかる。俺はファフナちゃんをリビングに案内しながら確信を持っていた。
来るぞ来るぞ…。そぉら、今にも。
「…どしたんや白ちゃん。僕に15分28秒も会えんで寂しなってしもたんかぁ?」
母さんの体に合わせた作りの大きな廊下に広いリビング、ファフナちゃんを革張りのソファへと座る様に促したその時に、2階から大きな声が響いてきた。
「か、関西弁?」
「父さんだよ」
ファフナちゃんが驚くのも無理はない。関西弁はこちらの世界ではかなりレアな存在である。なんせ東西が分断されているもので。魔物の蔓延る地域という事もあり、行き来が制限されているのだ。
ファフナちゃん用に麦茶をコップに注ぎながら彼女の疑問に応えたが、2階からの話し声はなお大きくなるばかりだ。
「っな、なんやて!!独が彼女連れて来たんか!?おま、こら赤飯炊かなあかんでぇ!おっしゃ、お頭付いたタイも買うて来たらななぁ!」
ほぉら、面倒くさい人2号がやって来るぞ。
ファフナちゃんもなんとも言えない顔をしているぞ。俺もう知らないもんね。
「お食い初めって何ヶ月でやるんやったっけ!?あっ、気ぃ早いか!
ちょっと待ってくれ!!えぇおべべに着替えてくるさかい!!」
「あー。ずるいですよー。私もお化粧したいですよー」
「おまっ!白ちゃんは今でさえベッピンさんやないか!それ以上、おめかししてもうたら、僕目ぇ潰れてまうで!惚れ直すんとちゃうで?惚れ潰れてまうわ!」
「えー。ホントですかー?ねぇ、ホントぉにぃ?」
「あ、あかんで白ちゃん!尾っぽの動きがヤラしぃわ!あかん!そんなトコ触ったらあかん!こんな昼真っ盛りからあかんで…!」
「むー、どうしてですかー」
キビしいって。早く来てくれ。何が悲しくて白昼堂々、クラスメイトに親のイチャイチャを聞かせなきゃならんのだ。しかも2階から聞こえてるってどんな声量で話してんのよ。チラっ。
「…………あっ、イヤー。今日はなかなかアツいワネー」
棒読みだね。すごい棒読み。ドラゴン棒読み。こちらの視線に気づいた彼女は妙に落ち着きなくリビングのあちらこちらを見回している。
ファフナちゃんてばそんなにソワソワしないでね。後、そんなに聞き耳立てないでね。頼むからさ。ねぇ、耳赤いよ?ドラゴンイヤーはよく聞こえるね。何が聞こえたのかな?知りたくないね。




