第四十八話 保健室にて
「何をしたらこんなお怪我するんですかぁ?」
そう言ってホワホワした雰囲気を放つのは保健室の先生、苦渋ヶ島 御手奈先生だ。彼女は俺のパックリ穴の空いた手のひらを見ながら、「ほわー」とか「ひえー」とかよく分からない悲鳴を上げている。
俺の方がほわー!とかひえー!とか言いたい。というかまだベッドに突き刺さったままなんすけど。
「なんか頼りなさそうな先生だな」
「ファフナちゃんは先に俺に謝ってね」
「ごめんね」
「いいよ」
『軽くないか?』
ずっぽり
大きなカブよろしく引っこ抜かれ、改めての診察だ。キィキィと音の鳴るパイプ椅子に座ると、先生は早速左手に嵌められていた黒手袋を外した。
そう言えばこんなところにも苦渋ヶ島家っていたんだなぁ。うっすらと『じゃむうま』の記憶を思い返していると、ふと彼女の左手が薄い光を放ち始めた。
「スキル発動『神の御手:左』。…ふぅ〜、しばらくは安静にしててくださいねぇ」
優しくほんのり温かい光が俺の左手を包み込む。すると痛みがゆっくりと柔らいで、傷口が見る見るうちに塞がっていくじゃないか。
30秒ほど経った頃には俺の右手はピカピカの1年生だ。俺とファフナちゃんは、そんな神の御技に思わず「おぉ」と感心の声を上げた。表も裏も傷跡一つ残っていやしない。表も裏も!綺麗さっぱり!ファフナちゃんと2人で俺の手のひらを見つめ合い、次にお互いの顔を見て、
「「おぉ〜!治った!」」
「治った治った!」
「ほい!ハイタッチ!」
「いぇ〜
「あぁ、まだ薄皮が張った程度ですからそんな事したらぁ」
い!?」
ブシャァァァァァァ!!!!!!!
「ぎゃあああああ!!!スプラッシュマウンテン!」
「痛ぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
『地獄絵図だな』
…
……
………
閑話休題お手手治癒治癒タイム
………
……
…
「それでは安静にしててくださいねぇ。血が足りないと思うのでぇ、激しい運動は控えてご飯はたくさん食べる様にしてくださぁい。先生は事務員さんの所に行って雑巾取ってきますからぁ」
「はーい…」
「気をつけるのよジャミラ」
どの口が言うか。
そういやいつの間にか美少女の皮を被ってるなファフナちゃん。人の目を気にしてるのかな?それとも冷静さを取り戻したのか。
…っていけないいけない!理不尽な暴力とドタバタはちゃめちゃ空間に呑まれてた!俺はファフナちゃんとはもう友だちじゃないんだってば!
「…で?戦ってたってのがホントだとして相手は誰だったのよ」
「つーん!」
「ドラゴン人中突きをお見舞い…
「めっちゃその話したいと思ってたんすよぉ」
『情けないぞジャミラ』
「情けないですねぇ」
先生も参戦してこないで。早く事務員さんのとこに行ってきて。「行ってきまぁす」、暴力に訴えようとしてくるなんて主人公としていいのか、全く。
しかし、抵抗なんてしようものならミンチよりひでぇやなので、俺は渋々彼女の問いに答えることにした。
「…相手が誰だったかって話なんだけど、それがハッキリ分からないんだ」
「分からないぃ?顔を隠してたの?」
「ううん。顔は一応見たよ。でも…」
「でも…?変身系統のスキルとか?」
「そうとも言うし、なんと言えばいいのか…」
櫂毒の名前を出せばファフナちゃんは興奮間違い無しだし、実際の正体はそうでは無かったので彼の名を出すのは伏せておこう。
しかし言語化が難しいな。う〜ん、一旦一から振り返るとしようか。
まず初めに俺が屋上をドアの隙間から覗くと、櫂毒モドキはドアのすぐ目の前に現れたんだったな。この時に彼は、俺の事を待っていたかの様な発言をしたのは確かだ。
この時点でシマヘビくんは彼が見えていなかった。そして戦闘中もだ。シマヘビくんは彼の行動の一切を知覚する事なく、俺の指示した方向へ言われた通りに攻撃を行なっていた。
…待てよ?俺の召喚するヘビくんは進んで櫂毒モドキに攻撃していたよな?
「ねぇシマヘビくん。少し教えて欲しいんだけど」
『なんだ。目の前の人間にでも尋ねたらどうだ』
どうやら彼はファフナちゃんに嫉妬しているらしい。そうか構って欲しかったか。
愛いヤツ愛いヤツ。シマヘビくんはまだまだご機嫌ナナメだったが、顎下をこちょこちょしてやるとクネクネと身をくねらせ始めた。嬉しいのだろうか、それともくすぐったいのだろうか、ただ嫌がってはいないのは確かである。ほーれ、こちょこちょこちょこちょ。
『ちょ、むっ!ひゃめろぉっ!応えてやるからやめてくれっ!』
「それでいいのだ」
「仲が良いのな」
『ぐぅ』
チョロい。ぐぅの音も出た。しばらく悶える様にウネウネびくんびくんしているシマヘビくんを眺めていると、
「ジャミラってばヘビと会話出来るんだな」
「うん?…あぁ、いや。このシマヘビくんだけが特別。他の子はなんとなくしか分からないんだ」
そう言えばシマヘビくんの声はファフナちゃんには聞こえてないのか。しかし、確かになんで俺はこの子とだけ会話出来るんだろうな?なんか特別だったりするのかな?
俺の答えにファフナちゃんはジロジロとシマヘビくんの事を見回すと、どうやらある一点が気になったのか頻りに彼の模様に注目し始めた。
「ふ〜ん。へぇ〜。というかさ、なにこの金色と黒の模様。お前、オレのこと意識した?」
「はっ…?いやいやいやいや!」
『お前がパクリだ盗人め』
ファフナちゃんの黒と金の混じったドラゴンジト目に全力で否定する。誰が中身おっさんを意識するもんかい!身も心も美少女になってから出直して来てくれよな!
というよりシマヘビくんってばファフナちゃんに辛辣だな!ダメだぞ!
俺は彼の口を軽く握る。そんな悪い事を言うのはこの口か!
「こら。そんな事言わない」
『むごむご』
「どうした?なんて言ってたんだ?」
「ファフナちゃんの方がパクリだって」
「わはは。そんなバカな」
『むごー!』
シマヘビくんがジタバタと長い体をうねらせ抗議していたが、しばらくすると諦めたらしい。怒らせていた尾をへたりと項垂れさせ、こちらの言葉を促してきた。
「シマヘビくん。さっきキミはアイツの事が見えてなかったって話だけど、俺の召喚する他のヘビくんには見えてたと思うんだ。どう思うかな?」
『…ふん、なんだそんなことか。ヤツの存在をお前が知覚できたんだったら、当然ヤツらにも見えてるだろうな』
「…当然なの?」
『それはそうだ。ジャミラの召喚するヘビたちは本来は異界に存在し、こちらの世界にはジャミラの力無しには存在できない脆弱な者たち。
それをお前の持つ力を丸っと頂き、こちらの世界に存在するのに必要な肉体を再構成しているわけだ。いわばお前の分身と言ってもいいだろう』
つまりヘビくんたちが彼を視認出来たのは、俺と同一に近しい存在であったからと…。というかヘビくんたちってそんな仕組みだったのか。異界から産地直送かと思ってたな。
「あれ?シマヘビくんはそうじゃないの?」
『むっ!え、あー…私は特別製だからな!他とは出来が違うんだ、出来が』
ふーん。そうなんだ。なるほどね?理に適ってるか?まぁ、スキルなんてなんでも有りが基本だから、彼が特別製だとしても有りえなくはない。
しかし、これで確定したのは視認することが出来たのは完全に俺だけだったって事か。あの櫂毒モドキでバズモドキな何処ぞの誰かの発動したスキルが具現化した姿を。
「つまりアレは俺個人の視覚に作用するスキルだったってことか…?」
「…視覚、ねぇ。カメレオンみたいな?」
「いや、そんな光学迷彩みたいな物じゃなかったハズだよ」
『透明だろうとなんだろうと、私なら一目で看破してやるわ馬鹿め』
またシマヘビくんの口が悪いな。いや、今はそれよりも彼の能力について輪郭が見えて来たかもしれない。とにかくそれっぽい物を上げていくとしよう。
「透明化もシマヘビくんが見破れるから違う。存在希釈?うーん…認識改変系…そもそも幻覚だったとか…」
「でも、そんな幻覚みたいなものが人を傷つけられるのか?」
「うーん…目は口ほどに物を言うってヤツ?」
「多分意味違うぞそれ」
うんうん、と2人で頭を悩ませる。こちらから向こうに触れられたし、向こうも俺にナイフを突き刺したりしたことから当然触れられたと考えるべきだ。それどころか俺の閉める扉に腕を挟んだりしてきた時も感触はあったからなぁ。
果たして俺の考えは正しいのだろうか。スキルだからなんでも有りなのが悩ましいところだ。あぁ、何処かに視覚系統のスキル持ちがいればなぁ…。
「ねぇ」
「その話、ボクにも聞かせてくれないかな?」
隣のベッドから声がした。突然すぎる事に俺たちは僅かに身を強張らせ、声の主の方を見る。
ゆっくりとカーテンが開かれる。俺たちの視界を遮っていた布が取り除かれ、向こう側から現れたのは、
「ボクも力になれるかもしれないからさ」
青い瞳に白に近い銀色の髪をした中性的な青年、クラスメイトの瞳告くんだった。




