第四十四話 決着
俺は原作『邪竜の娘に転生しました〜似て非なる以下略』をよく知っている。
まぁ、途中離脱勢なのだが、一時期はファンだった事には違いない。
そんな俺が感じるこの違和感。
目の前の櫂毒との戦闘が始まってから、ずっと感じていた何かがズレた不快感…。
そう。それはまるで大好きな漫画が映像化された際に、大胆すぎる改変をぶち込まれた時の、あの原作を台無しにされた時にも似た膝から崩れ落ちる様な虚脱感。
その正体は…
「あ、あーーーっ!?!?誰がなんだってぇ!?意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇ!ぎゃはははは!血みどろになりながらさっさと死にやがれーーーーーッッッ」
「か、櫂毒はそんな事言わない…!」
高笑いと共に振り下ろされるナイフ。狙うは俺の脳天だ。真っ直ぐに落ちてくる遊びの無い斬撃に対して、俺は両腕をかちあげる。
「おぉ!?」
「くっ!」
ガッ、と彼の手首に腕を当てる事で来る斬撃を受け止めた。そんな事をしてくるなんてまるで思って無かったのか、櫂毒が間抜けにも動きを止めた。…あ。コカーンがスキマスイッチ。俺はなりふり構わず軸足のみを残して、
「うっ、打ち上げ花火どこから見るのっーーーー!!!!!!」
「ぶ、ぶがあぁぁぁぁぁっ!?!??」
『答えは下から?』
おもくそに蹴り上げた。シマヘビくんが首を傾げながらポツリと何やら呟いたが、それ正解。
「ごあおぉぉおぉおおおおぉ……!!」
股を押さえながら倒れ込んだ櫂毒が呻いている。首を絞められたニワトリの様な声を上げながら痙攣している目の前の男を見ながら、俺は昨日出会ったあの怪人と『じゃむうま』での彼の事を思い出していた。
『秘密ノ眼』構成員:櫂毒 傀儡朗
彼は残酷で人の命を玩具の様に弄ぶ化け物だ。だが、決してこんな陳腐な殺人鬼などでは無かった。
俺は『じゃむうま』の櫂毒 傀儡朗を知っている。そして昨日、実際にこの目で見たのだ。原作にて既に退場し、過去編まで描かれた彼の事を!
荒い息を整えつつ、青筋を浮かべ俺を睨む男の事を睨み返す。そして…、
「かっ、櫂毒 傀儡朗!二つ名は『揺蕩う毒虫』!性別は男性!年齢は114歳!少年時代に悪魔と契約した事により人である事をやめた男…!」
『…なんだジャミラ?一体何を言っている…?』
「…舐めやがってぇ!!何言ってやがんだ貴様はぁ!」
俺の突然の奇行にブチ切れた櫂毒が立ち上がった。コカーンのダメージを再生で治したのだろうが、まだ完全に癒えてはいないのだろう。顔色は青く、脂汗が額を伝う。
目の前の男に対して、俺は正さなければならない事がある。そんな意味を込めて人差し指でビシリと彼を指差した。
「櫂毒は貴様なんて言わないっ!…言うならおまえかテメェって言う!」
「あぁ!?テメェに俺様の何が…
「櫂毒は俺様なんて一人称使わない!変なキャラ付けやめろ!」
「ぎ、ぎゃはははは!ちょっと優勢になったからって調子コキ始め
「櫂毒は「ぎゃはは」なんて笑い方しないっ!アイツはいつでも「れへへへへ」!」
目の前の男のセリフを上書きし、潰していく。すると彼は僅かにたじろぎ、怒りか焦りかワナワナと震える手で再び懐からナイフを引き抜いた。裂けた口を大きく開き、ヨダレを撒き散らしながら彼は叫んだ。
「俺様の何を知ってんだ気持ち悪りぃっ!!!さっさとバラバラにしちまってよぉ!貴様の血液を一滴残らず飲み干してやるぜっ!」
このセリフが一番間違っている。俺は迷わず言い返す。
「…それはなに!?なんで櫂毒の事、血液大好きなサイコ野郎にしてるワケ!?アイツ、好物は甘いもんなんだけど!理由は甘味以外の味覚が死んでるから!」
「…う、うるせぇうるせぇ!」
「あと保有するスキルだけどな!櫂毒のスキルは『煙ル汚辱ハ鏖ノ夜』!肉体の煙化と再構成による実体化が能力だ!決して再生なんかじゃない!」
「貴様ッ!うるせぇっつってんだろ!!殺されるって時にベラベラ喋ってんじゃねぇガキッ!!」
「それも解釈違いだ!!櫂毒はいつでもどこでもどんな時でもっ!くだらない会話をするのが大好きだ!!アイツが登場する度にれへれへとかいうキモい笑いと間延びするダラダラしたセリフでページが埋め尽くされていたんだよ!!」
舌戦とも言えない口撃が櫂毒の姿をした誰かに突き刺さる。どうしてだろうか、彼に焦りが見える。ナイフを握る手に力が入り、ビキビキと血管が浮かび上がる。
だがそんなの関係無い。俺の言葉はもう止まらない。こいつは櫂毒じゃない。なら誰だ?それは誰にも分からない。だが、これだけは真実だ。今から言うこのセリフだけはーーー
「だからお前は…!」
「…ッッ!!やめろっ!!!そのセリフを吐くんじゃねぇ!」
「きっとお前は…!」
「おぉあぁっーーーー!!!!!それ以上喋んじゃねぇーーーーーッッッッッッ!!!!」
「よってお前は…!!贋物だ!!!」
「……………ッッッ!!!」
瞬間、時が止まった様な静寂。狂った様に叫んでいた櫂毒がピタリと押し黙った。
俺は俺で言いたい事を言い切った達成感と共に、急に黙りこくった彼に対して言いようのない不気味さと警戒心を抱いていた。
「……チッ!貴様の瞳に映った真実。それだけがただ真相だ」
苦虫を噛み潰した表情を浮かべた櫂毒の身体にノイズが走った。煙と化して空気に溶けるソレとは違う。形を保てなくなった様に感じさせるノイズは、亀裂の様に彼の身体全体に広がっていく。
「…あーあ!折角、主様がちゃんと『オレという名の人生』を使ってくれたのによ。結局失敗だぜ」
ナイフを捨て、バリバリと頭を掻き毟る目の前の男。
そんな彼の身体が深夜のテレビ画面に映る砂嵐の様にブレ始めた。いや、それよりも今の…
「お、おい!お前、今の一人称って」
「話は簡単だったのよ。『オレという名の人生』がテメェをぶっ殺す。それだけで上手くいったんだよ」
「な、何の話だ?」
訳もわからず聞き返す。答えが返ってくる保証も無いのに、俺はただ呆然と彼の言葉を待っていた。すると目の前の男は、
「『オレという名の人生』の話?いや、オレと言う名の人生の話であり、主様の話だな」
主様…?彼には主人がいる?まさか『秘密ノ眼』の構成員の1人か?いや、それならエアプ櫂毒なんて下手な演技はしないハズだ。…なら他にも組織が?
「お前はどこの誰なんだ…?」
「あぁ?『オレという名の人生』は…おっと」
「お、おい!」
『…どうした?勝ったのか?』
不意に男が床に倒れた。彼の右脚がボロリと崩れたのだ。だが、やはりこの光景は俺にしか見えていないらしい。シマヘビくんはただただ首を傾げるばかりだ。
ノイズがだんだんと激しくなり、男の身体が光の粒子となり始めた。ボロボロと身体の端から砂糖菓子みたいに崩れては、空気に混じり消えていく。その様は何かによく似ていた…。そう。俺が召喚したヘビくんが死亡した時と酷似した…
「………まさかお前、誰かのスキルなのか」
「お、よく分かってんじゃん蛇腹 独葉巳!でも答えは教えてやんねーよ。てゆーかさ、まだ諦めてねーから。『オレと言う名の人生』は」
もう立ち上がる事も出来ない男の姿が、ノイズと共に櫂毒 傀儡朗の姿が失われていく。光の粒子と共にその姿は形を変え、ある男に瓜二つに変化していった。ツンツン頭に、目つきの悪い三白眼…
「…よぉ。見覚えあるだろこの姿。テメェと言う名の人生はよぉ」
「バ、バズ…!」
「違ぇよバカ。さっき正体はスキルだって言っただろが。てゆーかよぉ。その呼び方、主様がマジに嫌がってるからヤメた方がいいぜ」
窘める様に俺にそう言う頃には、すでに彼の身体は上半身を残すのみとなっていた。
バズとそっくりだからか、妙に罪悪感がある。しばらく床に寝そべっていた彼だったが、ふと顔を上げて俺の方を見た。
「あ、最後に一つ。言っておきたい事があるんだわ。主様の事で一つ…」
「…!だ、誰なんだ!バズアリバズバズナシナシのご主人様は誰なの…!」
「なんか随分と余裕出てきたなテメェ…」
『なんも見えんから知らんがボケるシーンなのか?』
程よくリラックスさせて、ポロリと答え言わせちゃおう作戦は失敗だ。
俺は消えるのを待つばかりの彼に近づく。どんどんノイズにかき消えていく彼の言葉を聞く為に。
「『オレ…言う名…人生』の主様は…だ」
「な、なんだって…?もう一度お願い」
「…と……う…………だ」
「な、な、なんて!?」
わざとかってくらい声が小さい。
いや消えかけだからしょうがないんだろうけど!俺はもう耳と口がひっついちゃいそうな位、彼に密着して言葉を待つ。
「……キル…は…だ」
「声ちっっっっっさ!蚊の鳴くような声!」
「…道連れに死ねや蛇腹 独葉巳」
「へっ…?」
バズに似た彼がはっきりとそう言った。その言葉を理解し、その意味を咀嚼しようとした次の瞬間。俺の体は大きくくの字を描いていた。
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!?」
『おいジャミラ!…なぜ急にお前は屋上から飛び降りている!?』
違う!バズが…!いやバズじゃない、彼が俺の胴を掴んで右腕だけで跳躍したのだ。
屋上のヘリに向かって。
死んだと思ったが、ガクンという衝撃があっただけだった。どうやら、かろうじてズボンの裾が石壁に引っかかったらしい。だが今の俺は宙ぶらりんの状態だ。世界の全てが逆さまに見える。
「あああっ!!危ない!へ、ヘビくん…」
パニックになりそうだ。慌てて『蛇群召喚』を発動しようとするも。ガクンと気力体力が大きく削がれる感覚があった。…これ以上のスキルの使用は無理らしい。下手をすればこのままの状態で気絶してしまう。
「ひゃはっ!お人よしで良かったよテメェと言う名の人生が!」
「うるさい!揺らすな!」
バズもどきがテケテケみたいな状態で煽ってくる。パンチパンチ!うぉぉっ…!?ダメだ下手に動くと落ちる!?
右手の止血の為に絡まっていたシマヘビくんに視線を移すと、彼は即座に察したのかスルリスルリと素早く移動し始めた。
「シマヘビくん!お願い!」
『間に合うかな?…あっ』
「いっ!?」
シマヘビくんが右脚に移動しようとしたがダメだった。ズルリ、とずれ落ちる感触があった。そしてそのまま、俺の体は不思議な浮遊感と共に地面に向かって真っ逆さま…
「う、うわああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「あっぶない!!!!!何やってんだお前…!!!」
落ちる俺の足を誰かが掴んだ。俺のよく知る声だ。上を見ると視界に入るのは黒に金の混じる綺麗な髪と、同じく黒金の妖しい魅力を感じさせる大きな瞳。
「ファ、ファフナちゃん!」
どうしてか龍紋 ファフナが屋上に居て、どうしてか俺の足を掴んでいたのだ。
「ファ、ファフナちゃんお願い助けて!」
「暴れんな!いま引き上げっか…ら!」
「…うおぉん!」
ファフナちゃんに引っ張られる様はまるで魚の一本釣り。俺の体は急激に引っ張り上げられ、いとも容易く屋上へと釣り上げられた。
「ちっ…くそっ…!手なんか伸ばしてんじゃねぇ…」
ただ、急な上昇に置いて行かれたバズもどきが空中に残されていた。逆さまに映る彼の姿はザラザラと形を失い、地面に着くまでには跡形もなく消え去った。




