第四十三話 これじゃない
「解釈違いすぎるんだよ…!」
『なんの話だ!?早く止血をしろ!』
シマヘビくんが咄嗟の判断で俺の右手首に巻きついた。キツくキツく締め上げられ、幾分か出血はマシになる。
ドンドン広がる様な熱さが傷口から発せられている。それにシマヘビくんのさっきの言葉だ。彼には櫂毒が見えていない…?アイツのスキルに『個人の視界から消える』なんてそんな力は無かったハズだが…。疑問がどんどん募っていく。
でも、でも今はそんなことより…!
「もうダメ!我慢できない!こいつマジでやばいよ!腹立ってしょうがないもん!」
「ぎゃはははは!!!おいおい強がりも程々にしてくれよ!見ろよこの真っ赤な血!あ〜、おいちいなぁ…!」
恍惚な笑みを浮かべた櫂毒が、ナイフの先端に付着した赤を舐め取った。
こいつっ…!!
恐怖を煽る為なのか、嫌悪感を抱かせる作戦か、はたまた素でやっているかは分からない。もしも俺を怒らせる為にやっているのなら作戦は大成功だ。ワナワナと怒りに震える手で目の前の男を指差し、
「やめろ!虫さんが走るって言ってるだろ!」
『トコトコで草。言うとる場合かー』
「やめねぇよ!俺様は貴様を殺すんだからなぁ!」
櫂毒がナイフに付着していた血の一滴まで綺麗に舐め取ると、頭の上まで大きく振り翳した。距離は近いが、大振りな動きはよく見ると無駄が多い。
「『蛇群召喚』!」
「おごっ!?」
俺の胴から召喚したヘビくんの群れが大波となり櫂毒を押す。ぶわり、と冷たい汗が全身から吹き出した。…そっ、そろそろマズいか。
圧倒的質量に対して死神染みた男は踠き暴れるが、小さなヘビくんは確実に彼の身体に巻きつき離さない。こっちもこっちで彼らの押し出す勢いでまた後方に大きく飛んだ。転がりながら着地をし、立ち上がると同時に足元に召喚門を準備する。
「あぁクソ!鬱陶しいヘビグソ共がっ…!」
…奴はまだヘビくんの波から抜け出せていない。苦しい。マラソンを走り終えた後みたいだ。整わない息をどうにか整えようと呼吸しつつ、腕に巻きつくシマシマの彼を見る。
「はぁっ…はぁっ…!シ、シマヘビくん、今の話…!」
『あぁ!ジャミラ、お前には何が見えてる?』
「はぁっ…櫂毒だ!昨日の男が俺に襲いかかってる!」
『…私には見えていない。昨日、お前が言っていた話には無かったがコレも奴の能力か?』
「…っ違う!アイツはそんな力は持っていない!」
『なら、協力者がいるか?』
…協力者。その線もあるかもしれない。でも、それ以上に感じるこの感覚…!
「…っ邪魔だ邪魔だ!!鬱陶しいぜ!逃げてばっかか貴様ぁっっっ!!!!」
「…っ!?」
瞬間、櫂毒の身体がバラバラに弾け飛んだ。内側から爆ぜる様に細かく分裂したのだ。
彼のパーツはヘビくんの波から抜け出すと、虫や鳥の群れの様に空中に集まり、再構成を始める。
「ぎゃはははは!!!初めからこうすりゃ良かったぜ!これで楽チンに貴様をバラせるってもんだ!」
「と、飛んでる…!」
『何だ!何の話だ!』
全身を再構築させた櫂毒がふわふわと宙に浮いている。あんな風に飛べるのかアイツ…?『じゃむうま』じゃ見たことないぞ。
「ぎゃは!さぁーてどう料理してやるかなぁ?」
腹立つセリフを吐きながら、懐から2本目のナイフを抜いた。かと思えば、
ぎゅんっ!
ロケットミサイルさながらにこちらへ向かって飛んでくる。俺は慌てて地面から壁状に固まったヘビくんたちを召喚した。
ズン、とヘビくんの壁が大きく凹む。衝撃音と共にナイフの一部が突き抜けてきた。ヘビくんたちの苦痛の鳴き声が聞こえる。苦しい…。ごめん…ありがとう…!
「ぎゃはははは!!!!ガードなんかしてんじゃねぇっ!」
「………か、櫂毒っ!!!」
「なんだぁ?死ぬ覚悟でも出来たかよぉ!」
ヘビくん壁越しにドスの効いた声が飛んでくる。…っナイフが壁を引き裂いていく。
これ以上戦闘が長引けば、これ以上スキルを使用し続ければ俺の体力が持たない!
…一か八かだ!
この疑問と不快感の向こうに勝利はある。僅かな逡巡の後、覚悟を決めて口を開いた。
「櫂毒!俺はお前のスキルを見破ったぞ!これ以上は無駄だ!」
「あぁん!なんだぁ!?」
「いいか!よく聞け!お前は!お前のスキルは『体のパーツをバラバラに分解、肉体の浮遊、高速再生』!この3つだ!」
『お前、昨日と言ってることが…』
シマヘビくんの口を塞ぐ。櫂毒は動きを止めた。息を呑む。しばらくの沈黙の後、覗くナイフの切先がくつくつと震える。そして、壁の向こうからぎゃはっと下品な笑い声が溢れ出した。
「………ぎゃはははは!あぁ、そうだ!よく見てるじゃねぇか蛇腹 独葉「ウソだよ馬鹿っ!!ふざけんな!!!◯ねーーーーーっ!!!!!」
壁越しに中指を立てながら確信した。いや、本当はずっと前から気がついていた。きっと、それは屋上でコイツと邂逅したその瞬間から…!
「召喚解除!」
「…っ!」
壁が消え、体重を乗せていた櫂毒の身体がつんのめる。右の拳を振りかぶる。咄嗟にシマヘビくんが手首から離れ、肩までスルリと駆け上った。
「うおおっ!」
「…げぇっ!」
硬い感触があった。腰の入っていない拳が、櫂毒の左頬に突き刺さる。ナイフで裂けた拳から血が吹き出した。関係ない…!
コイツ、煙にならない…!
…そうだ!さっきもそうだ!『蛇群天槌』の時も、ヘビくんで波を作った時も…!そうだ!俺は本当は心の奥底で分かっていたんだ!
櫂毒がナイフを取り落とした。床に当たり、刃先が欠ける。
「貴様ぁ!人様のツラ殴りやがってぇ!」
こいつ…!
怒りのままに歯を剥いた。噛みつきだ。
だが、右拳を振り抜いた俺の体は左へ大きく捻れている。
既に左拳は固められていた。
「死ねっ!死ねっ!死ね!死ねぇっ!」
子どもの癇癪の様に吠えると、頸動脈に向かってガタガタの乱杭歯がやってくる。鮫みたいだな。体を撚りつつ、彼の顔を見てそんなことを思った。
昨日ヴロちゃんさんに見せた不意打ちを、彼女よりずっと弱い俺に向けている。あの櫂毒が。ボス枠の彼がモブの俺に向けている。不意打ちでこそ、輝く技を。
「ふうっ!!!」
「ぐばぎっ!」
左の拳がアゴに刺さる。パキポキと聞こえるのは俺の拳か、彼の歯が砕ける音なのか。
「はぁっ…櫂毒!お前、そんな闘い方だったか…?」
「げばぁ…!貴様ぁっ!再生だ…再生だぁっ!」
歯抜けになった櫂毒の口内が巻き戻しの様に再生していく。
こいつは…っ!
「櫂毒、お前そんな話し方だったか…!?」
「ぎゃは!何言ってやがる!」
再生を終えた櫂毒がローブの中に手を入れた。チグハグな印象。胸の内でモヤモヤとしていた何かが言葉として形を成す。
そうだ、この…、この圧倒的違和感…!
櫂毒が大振りのナイフを見せつける様に振り上げながら俺に飛び掛かった。裂けた口を大きく開き、包帯で覆われた目で俺を見る。ガタガタの乱杭歯を見せつける様に笑いながら。その姿形はまさに『秘密ノ眼』の彼そのもの。だが、
「ぎゃはは!死ねぇ!俺様のナイフ捌きで血みどろになって死ね!蛇腹 独葉巳ぃ!!!!!」
「お前!!!櫂毒 傀儡朗じゃないなっ!!!!」
解釈違いの正体。圧倒的これじゃない感。それが全ての疑問の答えだった。




