第四十二話 解釈違い
シマヘビくんの言葉が気になるが、話を聞いてる暇も無い。櫂毒の奴がすぐ目の前まで差し迫っているのだから。
「…ッ『蛇群召喚』!!!」
後退しつつ、こっそり準備していた地面の召喚門からヘビくん達を呼び出した。
彼らはある種のトラップだ。召喚門から胴の半分程を顕にした3匹のヘビくんが、真上を通った櫂毒の足に即座に絡みつく。
「ぎゃははは……おぉっ!?ぐえっ!!」
「…っよし!次だ!『蛇群召喚』!太ヘビくんたち!」
「あんだぁ〜っ!?」
櫂毒が顔面から勢いよく転んだ。面白いくらいに上手くいった。
俺の胸から生えるシマヘビくんを見て着想を得た技だ。興味深い事に、召喚門の向こうに身体の一部を置いている場合、ヘビくんたちはまるで固定されたロープの様にしっかりとその場に身体を留める事が出来るらしい。
その気になれば天井から生えてもらって、ターザンロープでアーアアー出来るってわけ!
だが、ここで安心してはいけない。攻撃の手を緩めるな!相手はファフナちゃんを戦闘不能にまで追い込んだ男だ!
「邪魔だクソヘビがぁっ!!!」
奴は足に絡まって取れないヘビくんにナイフを向けた。
俺は櫂毒に向かって走り出す。その間にも2体の太ヘビくんが俺の右肩からズルリとその姿を現し、グルグルと右腕に絡みついていく。
召喚門から胴を伸ばし、こちらの世界へ現れる。体積を増やすとその分の重みが俺の腕越しに伝わってくる。
重みで動けなくなるその前に、俺は勢いをつけて一歩跳んだ。
「…おっもっ!ふ、太ヘビくん!新技行くよ!」
「「ジャ〜!!!」」
ぐん!
俺の体が2匹の太ヘビくんの動きに合わせて引っ張られる。…右腕を丸ごと彼らに操られているみたいだ!
太ヘビくん達が身を弓形に引くと、腕は大きく振りかぶる形となる。引き絞る。引き絞る。肩のあたりがミチミチと筋繊維の断裂を起こしている。
2匹が平べったい頭の天辺を櫂毒に向けた。
「じゃ、『蛇群天槌』!!」
俺が叫ぶと2匹が同時に身体を伸ばした。
「ま、待っ
櫂毒が、死神染みたあの男が驚愕の表情を浮かべ、受け止めようと手のひらを向ける。
だが、
ゴシャアッッッッ!!!!!!!
櫂毒を圧し潰しながら、屋上の床が大きく撓んだ。俺の『蛇群天槌』を中心に円形のヒビが広がった。
…手応えはあったぞ!
2匹が再び身をしならせ、大きく伸ばすと拳のインパクトで己の体が後方に跳ぶ。
「2匹共ありがとうっ!召喚解除!…はぁっ、はぁっ…痛っ」
右肩が抜けてしまいそうだ。スキルの過剰な使用による疲労感も凄い…。息切れ、慟哭、目眩、頭痛、慣れない事はそうするものじゃないな…。
距離は取ることが出来た。少しでも息を整えるんだ…。しばらく窪んだ床に注目する。ヒビ割れ、破砕し、落ち窪んだ床面にアイツが毛皮の絨毯みたいにべたりと倒れ込んでいる…。今はぴくりともしていない。
「や、やったか…?」
『なぁジャミラ。お前これ後で怒られないか?』
安堵はある。しかし、分からない。何故、櫂毒が煙化もせずに俺に殴られたのか。
俺は奴から目を離さず、1匹だけ結構ノンキしているシマヘビくんに問い掛ける。
「シマヘビくん。キミ、櫂毒に何かした?」
『はぁ?』
返って来たのは、あんまりにもあんまりな冷たい言葉。
彼の仕業じゃないらしい。ならば、一体…
『…待て待てジャミラ。お前、さっきから1人で熱心にシミュレーションでもしてるのかと思えば、一体何を言ってるんだ?』
シマヘビくんが訳の分からない事を言い出した。ピクリ、とヤツの身体が動く。やっぱこの程度じゃダメなのか…。冷たい汗が額を流れる。
「シ、シマヘビくん!奴が動く!戦闘態勢だ!」
『だ・か・ら!お前は一体誰と戦っているんだ!』
「誰って、櫂毒に決まってる…!昨日、俺たちをカフェで襲ったあの死神みたいな男だよ!もう忘れちゃったの!?」
シマヘビくんのあんまりな態度に思わず怒気を孕んだ声を上げてしまう。そうこうしている内にも櫂毒の奴は立ち上がった。
額に青スジを浮かべ、キレた様子でヤツは威嚇する様にナイフをベロリと舐めた。
「んなチンケな技で俺様が死ぬと思ったのか馬鹿め!優しく相手してやってたら、舐めたマネしてくれやがって!
早くこの自慢のナイフでお前を掻っ捌いて、その赤い血を一滴残らず飲み干してやりてぇよ!」
彼のセリフに背筋がザワザワする。昨日覚えた恐怖の感覚とは違う、なんだか腹の底から黒い何かが湧き出してしまいそうになる。
「くそっ」
『蛇群召喚』を使う…!だが、それよりも先にシマヘビくんがすぐ顔の前まで首を伸ばし、怒号を上げた。
『だからっ!!誰のことだ!!!!』
「だーかーらー!!!!!!あの目の前の男だよ!!!!」
俺も思わず言い返す。ナイフを舐めながらズカズカと大股で近づいてくる奴の事を指差しながら。
『だ・か・ら!!そんな奴目の前にいないと言っているだろう!!!』
「だ、か、ら……っえ???」
思考がフリーズした。
あ、まずい。いつの間にか櫂毒がもう目の前にいる。ぎゃははと下品に笑いながら振りかぶったナイフが真っ直ぐに俺の胸を捉えていた。このままではシマヘビくんに突き刺さる。咄嗟に右手を前に出した。
「ああっ、がぁっ!」
『ジャミラ…!?なぜお前の手が急に裂けた!?』
手のひらをナイフが貫通する。
あまりの激痛に全身の体温が急激に下がった感覚に襲われて、思わずたたらを踏んだ。
「ぎゃはははは!!!血だ血だぁっ!!!最高だぜぇぇぇっ!!!!!」
「ぐっ」
櫂毒が興奮しながらナイフを引き抜いた。痩せこけた頬を紅潮させて、息も荒く俺の血に濡れたナイフをペロペロと舐め回す。
「ひゃはははは!!!うんめぇ〜!!!人間の血ってのは最高のご馳走だぜ!!!」
『ジャミラ大丈夫かっ』
「き、気持ち悪いっ!!!!!!」
思わず叫んだ。胸の内から膨れ上がった不快感が、ついに言葉となって喉を迫り上がってきたのだ。
右手の痛みよりも、ずっと気持ち悪くてずっと不愉快でずっとずっと腹立たしかった彼の言動。もう抑えきれない。目の前で俺の血を味わう櫂毒をビシリと指差し、我慢ならないこの感情を爆発させた。
「お、お前…!さっきから解釈違いすぎるんだよ…!!!」




