第四十話 屋上へ
チャイムの後、オヒゲ先生が立派すぎるお髭を揺らしながら教室までやって来た。
先生の担当は武器学と言い多種多様な武器に関するモノだ。今回は初回ということもあり内容は授業の流れと武器の簡単な歴史と説明のみとなった。
立派すぎるお髭の先を指で弄びながら、これからの授業の流れを説明するオヒゲ先生。
どうやら次回の授業からはグラウンドで実際に武器を手に取り実践訓練を始めるとのことだ。5回毎に使用する武器の種類を変えていき、俺たち生徒個々人が自分に合う得物を見つける事が目的らしい。
2年生に上がると授業は選択式になり、討伐屋や特別探索士、天秤機関を目指す生徒はより専門的に剣術、槍術、弓術などを習う事になるみたいだ。
………。
オヒゲ先生の眠たくなって来る様な穏やかな低音ボイスが俺の耳を右から左へと通り抜けていく。
……………。
ダメだ。やはり瞳告くんの言葉がずっと心に引っかかっている。
アイツの存在を示唆されてから、放って置けばいいという心と、どうにかしなければという心、その2つが俺の中でせめぎ合い続けている。
………………。
「私の扱う『洗濯板』などは特大剣の部類にあり…おや、どうしたのだネェ?蛇腹くん」
不意に先生が言葉を止め、俺の事を名指しで呼んだ。理由は明白だ。俺が真っ直ぐと右手を天井に向かって伸ばしていたからである。
突然の事に、一部のクラスメイトの視線が俺へと向いた。こういった状況はいつになっても慣れないものだ。
「せ、先生…」
「うむ?どうかしたのかネェ?」
先生が首を傾げながら肩先まで伸びたお髭を撫で上げた。
…言えない。俺は重く憂鬱な感情を跳ね除ける様に、明るく、そして同時に道化の様におどけながらこう言った。
「せ、先生トイレ!」
「おやおや。先生はトイレじゃないネェ。早く行ってくるといいよ、静かにネェ」
「は、はーい!」
もじもじしドタバタながら教室の外に駆けて行く。俺の様子にクスクスと笑う者や呆れた様子の生徒もいた。このクラスでの俺のキャラも概ね定まってきたみたいだ。
教室を出る時、ふとファフナちゃんと目が合った。僅かに眉を顰めている。何かを咎める様なそんな視線だ。俺はそんな彼女の視線を見なかった事にして、馬鹿みたいに教室を後にした。
…
……
………
早足で廊下を行く。
やはり授業中である為、俺以外に人はいない。人は、だ。
時折、見回りの西洋鎧騎士がホラーゲームの徘徊する敵みたいに長く入り組んだ廊下を行き来していた。
彼らは俺の顔を見るとペコリと頭を下げて再び見回りを続ける。どう言う原理かは知らないが、授業中に廊下を出回る俺を見ても不審者とは認識していないみたいだ。学生服で判断しているのか、生徒の顔を覚えているのか、俺にはさっぱり分からない。
廊下を越え、階段を昇る。三階四階五階を昇り切ればそこはもう屋上だ。
息を整えながら屋上に繋がる扉のノブに手を掛けて、俺は自分の手が震えている事に初めて気がついた。
「シャ〜?」
「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」
ヘビくんが首元から顔を出した。俺の緊張を感じ取ったらしい。俺はヘビくんのアゴを指で撫でつつ、門の奥で眠る彼?に呼びかけた。
「…シマヘビくん。起きてる?」
『なんだジャミラ?私の名前を取り戻したのか?』
「う、ううん。それはまだ全く進捗してないんだけど…」
『なんだつまらん』
俺の胸元から這い出て来たシマヘビくんがくぁっと大きくあくびをする。緊張感の無い彼に少し気が抜ける。
だが、このドアの向こうにいる人物の存在が俺をすぐに現実へと引き戻した。再びドアノブに手を掛けながら、俺の顔をじっと見つめるシマヘビくんへ言葉を投げた。
「このドアの奥に櫂毒…昨日、戦った相手がいるんだ。もしものことがあったら、一緒に戦って欲しいと思うんだけど」
『…ふむ?アレがまだ戦える状態にあると。まずあり得ないが、まぁいい。だが、何故だ?」
「なぜって?」
『お前は昨日、ソレを前にしてただただ怯えていただろう?どうして私がいなければ、かないもしない相手に単身で向かうのだ』
考えたこともなかった。確かに他の誰か、俺よりもずっと強いであろうオヒゲ先生やヴロちゃんさん、ファフナちゃん、他にも『じゃむうま』で大活躍のクラスの面々や先輩方に泣きつけばよかったのかもしれないな。
どうしてそれをしなかったのか。
俺はしばらく左手をアゴに当てて、しばらく考える。
あ、そっか。
そして一つの結論が出た。
頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「…俺はいなくなっても構わないモブキャラだから?」
『なんだそれは?何を言っているかよく分からないぞ。それに、どうしてジャミラも疑問形で返すのだ』
「い、いや突き詰めるとそうなったというか何と言うか…正直、俺自身も驚いてるって言うか」
『それにその話だと私も負けても構わないという話にならないか?』
「い、いやいやそんな事は…!」
『本当かぁ?』
「ホントホント!」
いじけるシマヘビくんをよいしょして、なんとか気分を持ち直してもらう。そして、いよいよドアノブに手を掛けた…
『あともう一つ』
「俺もうそろそろ扉の向こうが気になって仕方がないんだけど」
『まぁ聞け。ジャミラ、お前はどこで櫂毒という男の情報を得たのだ?』
「え?…それは瞳告くん、俺の友だちからだけど」
『ほう?それは果たして真実から来る言葉なのか?疑問だなぁ。如何なる理由を持って、お前はそいつの言葉を信じたのだ?』
「それは…」
どんな理由があったかって?
そんなのは簡単だ。瞳告くんはバズの幼馴染で俺の友だちだ。
そして彼は原作『じゃむうま』でファフナちゃんたち主人公一行にいろんな情報を与えてくれるお知らせキャラで、彼のくれる情報はどれも正確で確かだったからだ。
「彼はとても誠実で優しい人だからだよ」
『…へぇ。成程なぁ』
シマヘビくんは納得したのか、何も言ってこなかった。緊張感が崩れたが、彼との会話で少し心が落ち着いた。
…スゥ…ハァ
「よし…!」
改めて大きく深呼吸をしてから、召喚門をいつでも出せる様に準備を整える。ドアノブを捻り、ゆっくりとほんの少しだけ扉を開いた。僅かな隙間から覗き見る。青い空と点在する雲。そして、その間に立つ一人の男。
2メートルはある高身長に骨と皮だけの痩せた身体。バサバサの傷んだ金髪。目元は薄汚れた包帯で隠されており、その上からは落書きの様な瞳のマークが描かれている。
耳まで裂けたニヤけた口からはガチャガチャの乱杭歯と長い舌がずるりと伸び、飢えた獣を思わせる。
くすんだ色の無地のシャツとズボンを覆い隠す様に、毒々しい真紫のローブで包んだその姿は以前と全く変わりがない。
あの男が、櫂毒 傀儡朗が五体満足で立っていた。
「や、やっぱりいた…!で、でもなんで?アイツはシマヘビくんにバラバラに吹き飛ばされて…」
『…?何を言っているんだお前』
一緒にドアの隙間から外を覗いていたシマヘビくんが疑問の声を上げた。俺も彼?の意見を求め、下を向いたその時だ。
「よう。昨日ぶりだな。殺しに来たぜ蛇腹 独葉巳」
櫂毒がドアの隙間から俺の事を見下ろしていた。




