第三十五話 静けさを取り戻す
荒れ狂う風がピタリと止んだ。視界がゆっくり晴れていく。レジのお札や飾られていた花、木屑にホコリが重力に従いゆっくりと地に落ちる。
肌に触れる風が静かになったのを感じ、恐る恐る目を開いた。
「うわ…」
思わず声を上げてしまった。カフェは半壊状態だ。
つい10分前までこじんまりとして、それでいて落ち着く空間であったとは思えないくらいぐちゃぐちゃで、まるで廃墟の様になっている。
俺は彼の姿が無いことに気が付くと、咄嗟に辺りを見渡した。
…櫂毒の姿が見当たらない。
店内をこうも荒らしまわった暴風がまともに直撃したのだ。もしかすると…
「死んだ…のか?」
『死んではいない』
「うわっ!?」
まただ。また、どこからか声が聞こえた。
どうしてだろうか。先程よりもずっと鮮明に聞こえる。そして、何よりどこか聞き覚えがある様な…?
『だがアレの身体は散り散りに吹き飛んだ。元に戻るまで少なくとも一ヶ月は掛かるだろう』
「そ、そっか」
「ど、どっくん?あの怖い人はもういない…?」
あっ。衝撃の展開の連続に落ち葉ちゃんのことをすっかり忘れていた。
彼女は目を瞑り、小さく縮こまりながら俺の袖を強く握りしめていた。
「う、うん!もう大丈夫だよ!
そうだ!ファフナちゃんは!」
「ファフちゃん?ファフちゃんがどうかしたの?」
「ん…んぅ…」
「ファフナ様!」
ヴロちゃんさんがファフナちゃんを仰向けに寝かせて介抱している。
俺は慌てて落ち葉ちゃんと一緒に彼女の元に駆け寄ると。ファフナちゃんは気がついたらしく跳ね上がる様に飛び起きた。
「はっ!あのニヤケ面野郎は…!」
「ファフナ様!!お目覚めに!!」
「良かったファフナちゃん!…え!?キズが…って、うわっ!ちょ、ファフナちゃん服!服!」
「…え?おわぁっ!!!」
ビックリだ。度肝を抜かれた。ファフナちゃんもビックリしている。
だって、ついさっき櫂毒に引き裂かれた彼女の胸部は綺麗に元通りとなっている。傷跡一つ残っておらず、それどころか制服に染み渡る血の跡や床に溢れた赤色も一滴たりとも見当たらない。
そこにはたわわに実った柔らかそうな双つの…
「どっくん見ないで!」
「ほがっ!」
「見るなミナダイスキー!」
「おげぇっ!?」
落ち葉ちゃんから目潰しをくらい、ヴロちゃんさんの鋭い蹴りが腹に突き刺さった。
思わず蹲るが、あの悪夢の様な光景が覆った事にホッとしたからか、あまりにツッコミが鋭かったからか、ちょっぴり涙が出てしまった。
『初回サービスだ。あの程度のキズ、私が破壊してやったわ』
「…ありがとう!誰だか知らないけど本当にありがとう!!!」
『…そう素直に褒められると照れてしまうな』
また声が聞こえた。
なんだかむず痒そうにしているぞ。
「おい。あのニンゲン、なんだか礼を言っているぞ」
「ファフちゃんのおぱーいが見れたからかな」
「ばんなそかな」
3人が何やらザワザワ森のガンコちゃん。
だが、今はそれどころではない。というかやはり、この声は俺にしか聞こえてないんだな。まさかスキル『蛇群召喚』が進化したとかか…?
『おい、忘れるな。私はお前と契約をした。協力してもらうぞ』
「え、あ、うん。まじリスペクトっす」
『なんかやけに軽いな』
それくらい感謝してるってことだ。喜びのままに立ち上がり、再び3人の元へ駆け寄ると三者三様に男ってヤツは…とちょっとアレな視線を投げかけてくるがそれすらも嬉しい。
なんか日常が帰ってきたって感じ…?
「…おーい。無事かぁ」
おや。店の外から声が聞こえる。ファフナちゃんに上着を預けた俺は、腰を抜かして粗相していたメイドさんを介抱中だ。ズボンをあげちゃおうかな。
結果として、怪我一つ負っていないファフナちゃんは現在ヴロちゃんさんの肩のキズの応急処置を奥に隠れていた店主さんと共に行なっている。どうやら店主さんは警察と救急車を呼んでくれたらしいから、それが到着したのだろうか。
「ごめん落ち葉ちゃん!お願いできる?」
「うん!わかった!」
『落ち葉ヲコキ使ウナ。スケベノ独葉巳』
落ち葉ちゃんのスキル『花ン華ん陀羅』こと陀羅ちゃんが、万が一の倒壊に備えてカフェをツタで補強中だ。
一方で、スキルの所有者である落ち葉ちゃんは手が空いていたので、声の聞こえたドアの方へと向かってもらった。
「誰か助けに来てくれたのかな?…はーい!うっ、ドアが歪んで開かないよ」
「そこどけ。危ねぇからよ」
「あ、はいっ!ありがとうございます!」
ドカッ!!!
「おーい無事かァ?独葉巳と言う名の人生よぉ」
「ありがとうござ…げっ!」
「あ、えっ!バズ!なんでここに」
ドアを蹴り開けたのは、見覚えのあるツンツン頭に目つき悪めの三白眼、現在絶賛両腕コルセットの爆世・マーダーことバズだった。お、落ち葉ちゃんがガルガル警戒モードに入った。
彼の後ろには青い瞳と白めの銀髪の、瞳告くんもひょっこりと顔を覗かせた。どうやら2人で行動していたみたいだ。
「茶でもシバこうかとうろついてたらよぉ。そしたらコイツと言う名の人生…瞳告が何か見えたっつーから来たらコレだ」
「見えた…?」
「あぁ。コイツと言う名のスキル『神の…
「こら爆世。
他人のスキルをそう無闇矢鱈に言いふらすものじゃないよ。間違った認識や伝え方によっては痛い目を見るものなんだから」
「悪い悪い。…で?テメェと茶髪女と男装女と龍紋 ファフナ、後は店の輩だけか?怪我は男装女だけかよ?」
「店主さんが警察と救急車を呼んだみたいだね。直に来ると思うよ」
バズと瞳告くんがそう言って店内を見渡す。瞳告くんの言葉がチクリと胸に刺さった。そうだ。俺が原作知識でサポートしようとした結果、ファフナちゃんはあんな危険な目にあったんだ。
思えば俺が今日カフェに行くなどと言い出さなければアイツ、櫂毒とも出会うことは無かったんだろうと思う。
入学式当日に退場を免れた、もうそれだけでいいんじゃないか?
波風立てず余計なことは一切せずにモブキャラとして過ごした方が、みんな幸せになれるんじゃないか…?
「つーかよぉ?テメェの肩のヘビだけどよぉ。縞模様の方の。なんか朝見た時よりデカくねーか?それに模様もなんかよぉ」
「えっ…?そうか…な!?」
暗く沈んできていた気分をバズの声で引き戻された。笑顔を取り繕い、言われた通りにシマヘビくんの方を見て言葉を失う。
「デ、デカい…!」
「だからそー言っただろ」
櫂毒と戦う前までは両手に収まるサイズだったシマヘビくんは、肘から指先くらいの、正確には40cm近くに巨大化していた。
それに白黒の縞模様が今は金と黒のシマシマのゴージャスカラーになってる…!
『なんだ?この姿が不服かジャミラ』
驚きの連続だ。なんと頭の中に響いていた声が、シマヘビくんから聞こえて来た。




