第三十四話 櫂毒 傀儡朗vsヴロトレキ・龍紋 ファフナ
「『御魂揺るがす五天輪・第四』!!」
ガキィン…!
「きゃあっ!?」
櫂毒が視線から消えた瞬間、ヴロちゃんさんが吠える様にスキルを発動した。少し遅れて金属同士がかち合う様な硬質な音が弾ける。聞こえた悲鳴はメイドさんのものだ。
さらに一拍遅れて俺と落ち葉ちゃんが音の方、後ろへと振り向くと、
「何をするか貴様っ!!!」
「れへ!れへへへへ!よく防いだなぁ〜男装女ぁ!」
そこには大振りのナイフを握った櫂毒の、上半身だけが宙に浮いており、黒く煌めくその刃先をファフナちゃんの首筋に突き立てていた。
彼の下半身は見当たらず、身体の断面からは濛々と紫煙を吐いている。
「…急に何するのよ」
底冷えするかの様に冷たい声がファフナちゃんから発された。
人の命を切り裂く凶器はファフナちゃんを切り裂くことは無かった。彼女の眼前に現れた半球体型のシールドによって防がれている。
ヴロちゃんさんのスキル『御魂揺るがす五天輪』の力の一つ、絶対防御だ。
彼女の五指に嵌められた指輪の一つ、右薬指のそれが星の煌めきを思わせる輝きを放っている。
「何してんだって…言ってんだよ!!」
「っとお〜!危ねぇなぁ〜!れへ、れへへはへ!」
ファフナちゃんが勢い任せに大振りに拳を振るうと、櫂毒の姿が風に巻かれて掻き消えた。店主が慌てて店奥へ駆け込む。
「れへ。れへへへへ」
笑い声だけがこだましている。この狭い室内での戦闘はよろしくない。ファフナちゃんがそう判断したのか、視線をカフェ店内に向けたまま出口のドアに手を掛けた。
「ボケが」
…っ!開かない。ガチャガチャとノブを回すも、何か引っ掛かっているのか、まるでドアは壁の一部と化したみたいにビクともしない。
「っヴロトレキ!第一!!」
「はっ!『御魂揺るがす五天輪・第いっ…がぁっ!!」
ヴロちゃんさんがドアに一瞬気を取られた瞬間だ。どこからか現れた櫂毒の頭がヴロちゃんさんの右肩に喰らい付いていた。ガタガタの乱杭歯が彼女の肩へと深く深く食い込んでいく。
ミシ…ミチ…
骨が軋む。肉が潰れる。次の彼女の判断は速かった。
「ヴロトレキ!」
「ヴロちゃんさ…
「…っあぁぁ!!!」
ガシャァァァッッッッッッ!!!!!!
右肩ごと櫂毒をレジに叩きつけた。レジスターが容易くひしゃげ、台座が真っ二つに破砕する。台座下に隠れていたメイドさんが小さく悲鳴を上げた。
櫂毒の頭もぐしゃりと崩れる。だが、それだけだ。
紙幣舞う中、彼の頭はゆらりと輪郭を失い、立ち上る煙と共に再び元の死神染みた風貌を取り戻した。口元にべったりと赤を塗りつけて。
「ぶぁ〜、くそまじぃなぁ。れへへへへ。第四が防御。第一が…なんだろうなぁ〜。解錠・破壊・スキル無効化…無効化はねぇかぁ?なぁ〜、教えてくれよ簡潔によぉ〜」
口元を拭う。フラフラと千鳥足でこちらに近づく。ニヤケ面でヤツは肩を揺らしケタケタと笑った。
「なぁ〜、他の指はどんな能力だよぉ。攻略だなんてカッタりぃなぁ〜!れへ!れへへへへ!あ〜あぁ、指ぃ落としてやったら良かったぜ」
「ふざけん…なぁっ!」
ファフナちゃんが砕けた台座を床ごと引っ剥がし跳躍した。高い。彼女の身長二つ分の跳躍だ。櫂毒もそれを見て感心の声を上げる。
「おぉ〜」
「潰れろ!」
頭上から台座を叩きつける。だが、死神染みたその男は避けることすらしなかった。台座は見事直撃し、櫂毒はその全身を粉々に吹き飛ばされた。
だが、
「…れへ。野蛮な女だな〜。気の強ぇ女は嫌いじゃねぇぜ〜。れへへ」
「こいつ何!?再生スキルか何か…!?
…大丈夫かヴロトレキ!」
「はい!この程度、龍の眷属には擦り傷です!」
再び形を取り戻す櫂毒を前に、二人は体勢を整える。
だがヴロちゃんさんの言葉には嘘がある。櫂毒に食い千切られ、人並外れた膂力で自らレジへと叩きつけた右肩は力なく垂れ下がっている。
「じゃっ『蛇群召喚』!!」
「あぁ〜?」
俺の両腕から飛び出したヘビくんたち数十匹が櫂毒に向かって飛び掛かる。しかし、意味はなかった。
ヘビくんたちは1匹残らず彼の体をすり抜けたからだ。櫂毒が同情するみたいにニヤケ面を浮かべた。
「…れへ、ボウズぅ。やめとけやぁ〜。そのくだらねぇ勇気にゃあ拍手をくれてやるけどよぉ〜。れへへへへ。
さっきからお前と茶髪の嬢ちゃん、まるで反応できてねーのよ。仲良く端っこでブルっとけよなぁ〜。れへへへへ」
櫂毒の言う通りだった。スキルは強かったが身体能力は人並みだった爆世とは比較にならない。
龍と英雄のハーフのファフナちゃんはもちろん、龍の眷属であるヴロちゃんさん、そして熟達したスキル使いの櫂毒の攻防を目で追うことすら出来ていない。
隣の落ち葉ちゃんは言葉を失い、小さく震えている。当然だ。ついさっき仲良くしてくれた相手が本気で殺しに来てるのだから。
「ファフナちゃん!」
「ジャミラ、落ち葉と一緒に隠れてて。
こいつ、爆世・マーダーとは格が違う…!」
「でもっ!」
「黙って従えニンゲン!貴様は邪魔だと言っているのだ!」
「…!」
ヴロちゃんさんの怒号に何も言い返せない。櫂毒が「仲良くしろよ」とれへれへ笑う。
ファフナちゃんと目が合った。言葉はなくとも、お前には無理だ、と金と黒の瞳が言っている。
悔しい…!だが事実だった。俺は落ち葉ちゃんの手を取り、近くの机の下に滑り込んだ。腕の中で落ち葉ちゃんが震えている。
腕に力が入った。睨み合う3人を見る。
俺は何も出来ないのか…!
何の為の原作知識!
何の為の前世持ちだ…!
せめて、2人の助けになりたい…!
「2人とも!その男のスキルは肉体の煙化だ!さっきから煙化と実体化を繰り返してる!
だから風を…!アイツが身動き取れなくなる程の強風を巻き起こせたら俺たちは勝てる!」
「…っ!そうか煙化!」
「ニンゲン…!何故、」
「おぉ?れへ、鑑定スキルかぁ?それとも看破のスキル持ちかぁ〜?
れへへへへ、お前いまヘビスケ召喚してたのによぉ〜!れへへへへへ!おっかしぃなぁ〜!…でもよ。分かったところでどうするよ」
櫂毒の体がまた霧散した。
「…ヴロトレキ!ジャミラと落ち葉と店員さんを守ってあげて!」
「ファフナ様は…!」
「風が欲しいんでしょ!だったらこうして…!」
ファフナちゃんが息を吸う。深く深く息を吸う。彼女の胸部が大きく膨らんでいく。
ヴロちゃんさんは彼女が何をするのか理解したらしい。彼女の指輪が輝き始めた。
「龍の娘のその力、見せてやるわ!
…ドラゴン・ブレ
「れへへへへ!れへへへへへへ!!誰、目の前にして息してんだよバカ女ぁ」
ごぼ
あ。
「ファフナ様っ!!!!!」
ファフナちゃんが血の塊を吐き出す。胸の中心。その内側から真っ黒なナイフが生えていた。
あ
彼女の胸から真っ赤な血飛沫が吹き出した。血の滝だ。濁流の如く彼女の命が吐き出されていく。
理解した。理解してしまった。ファフナちゃんはブレスを吐く為に大量の空気を吸い込んだのだ。
そう。大量の空気をだ。そこには煙化した櫂毒も一緒に溶けて混じっていた。
あぁ…彼女の胸が大きく切り開かれて、櫂毒の身体が飛び出した。
「死がすぐ目の前だぜテメェらよぉ!」
「貴様ァァァァァァっ!!!!!!!!」
ヴロトレキが駆け出す。櫂毒の腕が空中から5本も6本も現れた。そのどれもが厚手のナイフを手にしている。
…だ、大丈夫。
まだ大丈夫だ。ファフナちゃんには再生能力がある。龍はしぶといんだ。原作でそう言ってた。
ファフナちゃんと目が合った。
彼女の口がパクパクと動く。
ごめんね
最早、黒と金の混じった瞳にかつての輝きは残っていない。
そのまま彼女は力無く床に崩れ落ちた。
何が大丈夫?なんでこうなった。
俺が、俺が変なことを言い出したから…?
「あぁっ…」
声が聞こえる。誰の声だ。血を吐きそうな程に暗く絶望した悲鳴。
「あぁぁぁっ…」
この声の主を俺は知っている。
…あぁ。
俺の声か。そうか。俺は失敗したんだ。俺はただ助けになりたかっただけなのに。
結局の話だ。俺なんかいなかった方が、原作通りに退場していればこんな事にならな
『助けてやろうか?』
………。
まただ。また声が聞こえた。
やはりその声は先程と同じく他の誰にも聞こえていないらしい。
倒れ伏したファフナちゃんも、ヴロちゃんさんも、落ち葉ちゃんも、櫂毒だって、他の誰にも聞こえていない声が俺にははっきりと聞こえている。
「誰、だ…」
『答えろ。助けてやろうか』
「頼む…」
『対価はなんだ』
「…なんでもする!頼むよ!なんでもするから!誰でもいいから助けてくれ!」
『分かった。門を開け』
「も、門っ!?」
『スキルを使えと言っている』
「わ、分かった!場所は!」
『お前の後ろの壁でいい。発動する準備だけは整っているだろう』
「…っあぁ!スキル発動!」
言われるがままにスキル『蛇群召喚』を使用する。そこに救いがあるのなら、もはや何だっていい。
「『蛇群召
『破壊者の吐息』
「…あぁ?っずあっ!!!!!!?」
召喚門から現れたのは、ヘビではなく荒れ狂う暴風。直撃した櫂毒の姿が跡形も残らず散り散りに吹き飛んだ。
店内に台風が訪れたのかと思う程、ありとあらゆるものが風に巻かれて跳ね馬の如く飛び交っている。
カフェの壁が剥がれ始め、天井が破砕する。全てを無に変えそうとする破壊の暴風だ。
目もまともに開けていられない。
それは1分か2分か。はたまたもっと短かったのか。門が閉じるまでの僅かな間のことだ。
俺の目に見えたのは、開かれた召喚門から誰とも知らない黒い鱗に覆われた細腕が伸びており、ファフナちゃんに何か施す、そんな不思議な光景だった。




