第二十話 事の顛末
「へぇ…!それじゃ怪我人はほとんどいなかったんだ」
「えぇ。そうみたい。軽傷を負ったのがほんの数人だけだって。キミを除いてね。
それに訓練所自体は目も当てられないくらい、破壊されたわけだけど…」
そう言ってファフナちゃんは、バズが去って行ったドアの向こうを睨み付けた。おこですなぁ。
あぁ、しかしそうか。怪我人はほとんどいないか。奇跡的だなぁ。良かった。ホントに良かった、とホッと胸を撫で下ろす。
「あ、そう言えば」、と落ち葉ちゃんが思い出したかの様に声を上げた。
「訓練所のことだけどね。地下のガス管の爆発が原因だーってニュースでやってたよ」
「…それってどういうこと?」
「じょーほーそーさだよ!じょーほーしょーさ!…しょーしゃ!」
「情報操作ね。マーダー家が手を回したんじゃないかしら」
「そんな暗黒お金持ちみたいな…」
「でも、実際に情報操作は行われてるわよね」
「くぅ〜ん…」
怖いぜ暗黒お金持ち。大丈夫?事実と共に俺も消されちゃわない?怖いな〜怖いな〜。
「まぁ、彼が親に泣きつくタイプには見えないし、お家の方が動いたんでしょうね。それに消されるならキミじゃなくて、きっと…」
「?」
「…なんでもない」
そう言ってどこか遠い方を見るファフナちゃん。一体どうしたんだろうか。
「…彼のことだけど、本当に学園に来る気なのかしら」
「来るでしょ。バズは言ったことは曲げない男だよ」
「キミ、一度戦っただけじゃん」
「やれやれ分からんかね。男2人、一度手合わせすれば最早それは心の友なんだよ」
「訳わかんねぇ」
ファフナちゃんが呆れてしまった。男の友情ってヤツさ。女の子にはわかんねぇか…。いや、そういや中身おっさんだったわこの子。こんなに美少女なのに、怖いな〜怖いな〜。
ふと落ち葉ちゃんが暗い顔をしていることに気がついた。彼女もこちらの視線に気付いたようで、気まずそうな顔でポツリと呟いた。
「どっくんには悪いけど、わたしイヤだな。あんな乱暴な人…」
「ワタシにはどうでも良い事だ。
ファフナ様の害となれば、すぐにでも消してやるがな」
「やめてヴロトレキ。
…多分だけど彼、いくら御三家の人間だからってそう簡単には入学なんて出来ないと思うのよね」
確かに。ワームヴェルトは名門も名門。
やけに軽く入学するぜと言い放っていたバズなんだが、御三家癒着ズブズブパワーでどうにかなるのだろうか。
どんな手段を使うのだろう、と頭を悩ませていると、病室のドアがノックされた。
「お邪魔するネェ。…おぉ!目を覚ましたかね蛇腹くん!良かった…!本当に良かった…!」
「あっ、オヒゲ教官!ぎゅう」「ぎゃー」
「教官さん、こんにちは!
どっくん、オヒゲさんはねぇ。どっくんが入院してから毎日お見舞いに来てくれてたんだよ」
オヒゲ教官だ!と思った次の瞬間には、立派すぎるお髭の教官に勢いよく抱きしめられた。…すごい肉の圧だ。肉厚すぎる。お髭もすごい。髭厚すぎる。長毛種の大型犬を彷彿とさせる手触りだ。
「あの時は助けてやれなくてすまなかったネェ…!キミたちを探しながら、皆の避難誘導を行なっていたのだが、まさか君がこんな事になっているとは…!
このオヒゲ、一生の不覚!うぉぉぉぉ!」
立派なお髭を濡らしながら、男泣きし始めたオヒゲ教官にみんな総出で慰めに掛かった。
疑問も不安もそこそこあるけど…とりあえず、日常が戻って来たってことでいいかな。
さぁて、残り少ない春休み!とことん満喫するかぁ!
俺は落ち葉ちゃんの方を見て、にこやかに笑いかけた。
「ねぇ落ち葉ちゃん」
「なぁに、どっくん?」
「もう退院していい?」
「「「ダメ」」」
「ダメに決まってるネェ」
「だー!」「シャー?」
…とほほ〜!入院なんてもうコリゴリだ〜!
…
……
………
無機質な部屋だ。
真四角で、コンクリート製の壁に覆われたそこにあるのは出入り口が一つだけ。
他には何も無い。だが、悲鳴だけはよく上がる。ここはそういう部屋なのだ。
「ガハッ…!」
「あぁ☆兄様ぁ☆薬味はとっても悲しいですぅ☆」
ツンツン頭の青年、爆世が無機質な床を転がった。
両腕がまともに機能しない今、すぐに立ち上がることも叶わず、床を彩る己の血を覗くばかりだ。
這う様に踠く。だが、遅い。彼の腹部に分厚い靴先が容易くめり込んだ。
「がぁぁっ!!」
「あぁっ、最悪ぅ☆汚れちゃったよぉ☆」
リボンの付いた可愛らしい黒色の靴が、爆世の腹からゆっくりと引き抜かれる。その先にはあまりにも不似合いなモノ、親指サイズのナイフが装着されていた。
ベットリと付着した赤を見て、膨れっ面を浮かべるのはゴスロリ姿の少女だ。
「あーあ☆兄様がトロいから☆」
「ぐぁっ…テメェ…」
「薬味は悲しいんですよぅ☆
なんで負けたんですぅ☆なんで薬味に負けてるんですぅ☆なんでカッコいい兄様が、負け犬ヅラして床に這いつくばってるんですぅ☆
あぁ、もう☆頭がキラキラするぅ☆☆☆☆☆キラキラキラキラキラキラキラキラぁ…☆☆☆☆☆☆☆☆」
キラキラキラキラと壊れたカセットテープの様に呟きながら、彼女は爆世の背や頭を執拗に踏み付ける。
その様を見る者たちが別にいた。舞台に立つのは2人だが、観客もまた2人。
筋肉質な大男と、ベッコウ色の眼鏡をかけた表情の無い男だった。
眼鏡を指で押し上げて、眼鏡の男が爆世に言葉を吐いた。あまりにも無感情な声色で。
「無様な姿だなバカ息子」
「テ、メェ…クソ親父と言う名の人生が…」
爆世を見下ろしていたのは彼の父であり、マーダー家の当主、銃譚・マーダーだった。
そして、彼の背後で浮かない表情をする大男は爆世の叔父に当たる、阿轢・マーダーだ。
そんな彼はと言うとゴスロリ姿の少女、薬味を震える指で指差した。
「や、薬味!お前っ、自分の兄に対してヤリすぎだ!
爆世はお前の兄だろう!?ただでさえ爆世は大怪我してるんだぞ!もうちっと手心をだな!」
「うっさいなぁ☆叔父様はぁ☆そーんなんだから、その歳になってカノジョも出来たことないんですよぉ☆」
「な、なんだとぉ!?」
わなわなと怒りか屈辱かに打ち震えている大男を無視して、銃譚は淡々と言葉を紡ぐ。
「今回の集会にお前を向かわせたのは、成長の機会を与える為だ。
役割を与えれば少しはマシになるかと思えば、最悪の結果となったな。
どうしてだ?何故お前には出来ない?何故お前には分からない?何故お前はそこまで無価値なんだ?」
「………」
「少し考えれば分かることだ。あの施設は苦渋ヶ島のモノ。
それを破壊して、どうするつもりだった。御三家の均衡状態を崩そうとでもしたのか?悪手も悪手だな。…私があの神狂いにどれだけの金を払ったか、お前がマーダーの誇りをどれ程までに貶めたか、価値なき出来損ないには理解出来ないだろう」
「…待て」
「期待したのは間違いだった。これだけは確信している。
さらばだ。せめてもの親子の情けだ。その最期だけは見届けてやろう」
「…待て!まだだ!
オレと言う名の人生は、ワームヴェルトに参入する。協力しろクソ親父…!テメェと言う名の人生にもにもメリットのある話だ!」
「ワームヴェルトには光と絞燿を送り込んでいる。お前の様な出来損ないを入学させるメリットが無いだろう。…納得させたければ、私に価値を
「価値を示せ、だろ。クソ親父、テメェと言う名の人生は二言目にはすぐそれだよなぁ」「…簡潔に言え。決定権はこちらのものだ」
銃譚はまるで期待してない顔で、己が息子を見下ろしている。
爆世の顔は浮かない。わずかな逡巡を見せ、唇を噛むと、ようやく口を開いた。
「……龍紋 ファフナの男と繋がりを作った。こいつは他の二家には無いアドバンテージとなる」
「そ、そいつぁスゲぇ…!」
「黙れ阿轢。…その様な情報は無い」
「暗殺諜報の名が泣くなぁ…!
だが事実だ…!苦渋ヶ島も情報だけは掴んでる!だが、それだけだ!
こいつはマーダーが、オレと言う名の人生が他家よりも一歩リードしていると言っても過言じゃねぇ!」
「ウソなんじゃあ無いのぉ☆☆☆」
「ウソじゃねぇ…!」
「龍紋 ファフナに男がいる。それが事実であるとして、そこに如何なる価値がある。所詮は何時崩れるかも分からない、男と女の下らない関係だ」
「なら無価値だと切り捨てるか…!?
くだらねぇ、と吐き捨てるか!また、苦渋ヶ島に出し抜かれて泣きっ面かきてぇかよクソ親父!!」
「爆世…!お前、自分の父親になんつぅ口の利き方!」
「………名は」
「あ、兄ぃ?」
「その男の名は何と言う」
「……へっ。知りてぇならよぉ。先にテメェが動いてくれや」
爆世が獰猛な笑みを浮かべた。その様子を見てマーダー家当主、銃譚は無表情のまま眼鏡をかけ直した。パキリと軽い破砕音が鳴る。眼鏡のレンズに大きなヒビが入っていた。
「………。亜轢。薬味。執り行うぞ」
「…あっはぁ☆」
「あ、兄ぃ…!」
「……へっ」
「執り行う」、当主であるその男の言葉に三者三様の反応を示す。1人は期待、1人は困惑、そして爆世は歯を剥き出しにして笑った。
「爆世。お前を試す事にした。
価値を示せ。亜轢と薬味に勝利しろ。お前が勝てば、その先を考えてやる」
「じゅ、銃譚兄ぃ。それは爆世が可哀想じゃないか…?折角の家族なんだからよぉ、せめて楽に死なせてやりてぇ…」
「黙れ亜轢。マーダーに甘さは不要だ。そんな感情は早く捨ててしまえ。例え家族が相手であろうと、だ」
「そうだよぉ☆叔父様☆薬味たちに感情は要らないんだよぉ☆
そんなモノ早く捨てちゃって、頭の中をキラキラで埋め尽くしちゃおぅー☆☆☆」
取りつく島も無い兄と姪の姿を見て、阿轢は諦観と共に爆世へと向き直る。
「…分かったよ兄ぃ。ごめんなぁ爆世よぉ」
「ばいばい兄様ー☆たっくさんキラキラさせてあげるねっ☆」
「早く殺れよクソボケ共」
「『薬殺本懐』☆」
「…『轢殺本懐』」
「ではな。明日の朝、また来よう」
そう言うと銃譚はくるりと身を翻し、1人その場を後にする。
残されたのは2人の処刑人と、1人の青年。爆世が全身を使って立ち上がる。
「………人生は」
(悪いな。テメェをダシに使っちまった)
(迷惑はかけねぇよ。何かあったらオレが庇う。全ての責はオレにある)
(だから、悪いが付き合ってくれ)
(テメェがオレに教えたんだ)
(人生まだまだこれからだって)
(テメェが付き合うって言ったんだ)
(オレと言う名の人生に)
(そうだ)
(まだ一歩目を歩き出したばかりなんだ。オレと言う名の…!)
「オレと言う名の人生は…!!」
湿けた導火線にはすでに火が付いていた。ひどく熱く、目が眩む閃光の様に燃えていた。
その夜は、ひどく騒がしかった。朝焼けが空を染めるまで音は止まず、しかし太陽が世界を明るく照らす頃には全ての音が止んでいた。
無機質だったその部屋は最早部屋としての形を失い、彩の無かったその部屋は、今は鮮やかな赤で染められている。
「………。既に準備は済ませた。だが、それだけだ。学園で必要となる費用はお前が自分で稼げ。しばらくは顔も見たく無い」




