第一話 俺は前世を思い出した
「え、ウソ?まじ…?」
前触れなど無かった。朝方、いつも通り顔を洗った時のことだ。
美意識の高い俺はいつも通り長い髪をまとめ上げて、たっぷり泡立てた洗顔フォームで顔を優ーしく洗って、召喚したヘビに取らせたタオルで顔を拭いて、ちょっとお高めの母さんの化粧水をたっぷりと塗りたくって、これまたかなりお高めの姉キの乳液でしっかりと保湿して、鏡に映る自身のぷるつや顔を見た瞬間、俺は突如として思い出した。
肩まで伸びた血の様に赤い髪、くりっとした大きな目には蛇にも似た縦長の瞳孔、少し痩せ気味の中性的な顔立ち、それに何より…俺の持つこの力…。
「うっそだろおい!!!!????」
…
……
………
蛇腹 独葉巳は悪役だ。
一応名誉ある初敵キャラではあるが、序盤も序盤の主人公に瞬殺される程度の名誉ザコ枠なのだ。
漫画『邪龍の娘に生まれました〜似て非なる現代日本にTS転生した俺は平和な日常を所望します!〜』
通称『じゃむうま』。
現代日本に似た世界が舞台なのだが、魔物という化け物が世に蔓延り、人間の生活できる居住区はごく一部に限られているのがこの世界だ。
しかし、人間たちもやられっぱなしというわけではなく、スキルという不思議な力を用いて生活の役に立てたり、居住地拡大の為に日々魔物退治に勤しんでいたりする。
そんな世界に主人公は転生した。
主人公は元の平和な日本から転生したブラック企業勤めの冴えない30代サラリーマン(本名不明)だ。
よくあるパターンのトラックにドカンの異世界にシュポンというやつだ。神みたいなのは登場してなかった気がする。
しかし、転生といってもジャンルは様々。異世界転移や現地人としての赤ちゃんから生まれ直し、憑依型の転生、人外や非生物としての転生など幅広い。そんな中で、この漫画の場合は現地人としてのTS転生だった。
しかも、主人公らしく生まれ先はチートそのもの。
魔物の中でも五本の指に入る上位存在であり、人間と友好関係にある数少ない魔物である邪龍と、過去にあったらしい魔物との100年に渡る戦争の英雄である人間の女性との間に生まれた女の子。それが主人公こと龍紋 ファフナ。
高校生となった彼女(中身おっさん)が、自身の持つ邪龍と英雄の力に翻弄されながら、時にはその力を狙う敵たちとバトルを繰り広げながら、学園での平和なスローライフを目指すという学園ファンタジー漫画だった。
食傷気味なタイトルの割にはそこそこ面白かった記憶がある。
確か20巻くらい出てたかな。まだ完結してなかったはずだ。
まぁ俺、飽きちゃって途中までしか読んでないんですけど。主人公周りやボスキャラ以外のキャラクターなど実際に見たら思い出すかどうかなレベル。さて、どうしたものか。
「うわ〜…マジかよ…。ワ◯ピースとかの世界が良かった…」
なんでわざわざ途中リタイアした漫画なんだよ…!
ていうかなんで俺、転生してんの?!なんで前世の記憶あんの?!てか俺死んでたの!?
前世の俺って確かまだ大学生とかだったはずだよな!待て待て!思い出せる最後の記憶は…
『エナドリうめ〜w何本でもいけるわwなんか心臓バクバクいってるw体が喜んでる証拠だなwww』
『は?野菜摂れ?いやサプリ飲んどきゃいっしょw俺サプリいっぱい飲んでっから大ジョーブ大ジョーブ大ジョーブ博士www』
『酒!カップラ!カップラ!酒!酒!マヨびしゃがけ!七味ドカーン!味しねぇwww塩塩塩塩ぉ!!!』
『はい?なに?イビキやべーって?睡眠時無コキューショーコーグン?なにそれ?気にしすぎだってwww
そんな気になるならよ、これwなんかネットでよく見るちょーつえー酒w火がつくレベルのwこいつを飲んで寝たらさーw多分眠りが深くなってさーwイビキとかかかねんじゃねwはーいおーるおっけーwいったらっきまーっすw』
…
……
………
うん。思い出さないことにしよう。
大学入ってすぐに歓迎会かなんかで酒の味を覚えてからおかしくなった気がするけど、うん無かった無かった。
多分、良い感じのお嫁さんもらってそこそこにお金稼いで、老後はたくさんの孫に囲われてそこそこに幸せな余生を送ったはずだ。それを今の俺は忘れちゃってるだけ。
うんうん。そーにちがいない。…ぐすん。
…はい、気を取り直してっと。
前世はさておき今の俺、蛇腹 独葉巳について思い出してみよう。
姓は蛇腹。名は独葉巳。原作ではキャラクターブックで初めて本名が明かされていた。
現在の年齢は16歳。性別は男。身長は170cm。体重は…最近計ってねーな。ま、少し痩せ気味かな。肩口まで伸びた髪は目の覚める様な真っ赤っか。これ地毛ね。前世だと染めてない限り日本人にはまずいねーな。
下の毛?知りてーの?
目はクリッとして大きい。色は黄色っぽいかな?縦長に伸びた瞳孔はヘビそっくりだ。
カラコンとかじゃねーからな?
…待て。ちょっと細すぎる気もするが、やっぱ俺って。
「かなり顔良いよな?」
中性的なイケメンだ。ちょっと女っぽすぎるか?いや、だがいいね!今どきだ!こいつはなかなかモテそうだ。俺モテるの大好き!
漫画読んでた時はまるで思いもしなかったな。確かに言われてみればこんな顔だった気もするが1話で退場だったし、もっとなんか妖怪ヘビ男!ってイメージがあった。
漫画初期特有の作画が安定してなかったってやつか?
趣味はヨガと美容。好物は煮卵軍艦。特技は体が柔らかいこと。
家族構成はオヤジに母さんに凶暴な姉キが1人。家族中は良好。原作はどーだったんだろーな?退学後は凄まじいだろうということは想像に難くないが。
基本情報はこんなもんかな?
さーて、お楽しみ!俺の持つスキルだが、名称は『蛇群召喚』!
スキルって言うのは、この世界に生きる人間が持つ一人ひとり特有の超能力だと思ってくれればいい。
俺の場合は文字通り蛇を召喚する力だ。
召喚できるサイズは最小が15cmくらいで最大で俺の右手から左手の先までの大きさと大小様々。色合いは白い子と黒い子の2種類だ。
力はそこそこ強い。本気を出したら締め殺したり出来るのかもな。怖いからしないけど。
毒は現状、無さそうだ。
漫画内でスキルの成長するキャラもいたので、もしかしたら今後毒持ちの子も召喚できる様になるやもしれないが。
この子たちだが、俺たちのよく知る蛇と見た目はおんなじだが生物としては別モンだ。こいつらの肉体は血と肉で構成されていない。魔力って言うの?光の糸の様な物で体が構成されている。召喚を取り消したり死んでしまった場合は、空気に溶ける様に姿を消していく。
また、召喚についてだが俺自身の体表からならノータイムで蛇たちを召喚できる。地面や壁などから召喚する場合は、だいたい30秒は時間がかかるかな。
召喚できる数については検証したことないからわかんねーけど、漫画本編で蛇腹は、このスキルでヒロインちゃんに触手プレイもどきなことをしてた。
その時はざっと100匹以上を使役していたはずだから、俺もそれくらいは出来るはずだ。
ま、その瞬間を主人公ことファフナちゃんに発見されてボコボコにされた上、退学アンド退場となったんだが。
さてさて、確認おーるおっけー。こーして前世を思い出したわけだが…。
これから俺はどう動こうか?