第8話:紅の執行者
密林を抜けた先、空がぽっかりと開けた高台から、ナオヤとアイナは空中を見上げていた。
逆さに吊るされたような巨大構造物――《ゼルスの瞳》。光を反射するレンズが中央に鎮座し、その周囲に漂う光の粒子が、重力の法則を嘲笑うかのように浮遊している。
「見た目は完全に浮遊都市……あれが古代魔導遺跡か」
ナオヤが感嘆の声を漏らす。そして、一歩を踏み出した瞬間だった。
「そこから先は、立ち入り禁止区域よ。“異端者”」
空間が音を立てて裂ける。出現したのは、紅いマントをはためかせる少女だった。
白銀の髪、深紅の瞳。そして腰に携える長杖には、ギルドの紋章が刻まれている。
「コードネーム《ルビナ》。ギルド直轄の殲滅執行官。あなたたちの行動は“禁忌”と認定された。よって、処理する」
「処理って、そんな物騒な!」
ナオヤは苦笑しつつ、無意識に指輪へ手を伸ばす。アイナは即座に分析を始めた。
「……気を付けて。あれは、“強化魔導師”よ。身体中にエンチャントが施されてる。重力制御、瞬間詠唱、視覚強化……これは本物」
「ギルドのエースってわけか。けど、こっちにもリビルドがいる」
ナオヤが詠唱を開始しようとする。しかし――
「《封魔陣:カーテン・オブ・ルーイン》」
ルビナの詠唱と共に空間が歪み、複数の魔法陣が展開される。リビルドの魔力信号が沈黙し、反応が消えた。
「うっ……!? リビルドが……リンク切れ!?」
「この結界は、“魔力波干渉”を遮断する。空間魔法は使えないわ」
ナオヤの背に冷たい汗が流れる。リビルドが起動できなければ、自分はただの一般人に過ぎない。
「仕方ない……いったん後退させても――」
その瞬間、ルビナの杖が光を纏う。
「《焼却術式:インフェルノ・ランス》!」
炎の槍が空から降り注ぎ、爆煙が高台を包む。ナオヤは咄嗟に身を伏せるが、足に焼けつくような痛みが走った。
「うぐっ!」
「ナオヤッ!」
アイナが彼を庇い、氷の魔法を展開。地面が凍り、ルビナの足元を捕える。
「……やるわね。でも、“読めてる”」
ルビナは氷を跳ね除け、跳躍。彼女の瞳は戦場全体を分析し、最短の殺線をなぞる。
アイナが魔法の再詠唱に入るが、次の瞬間、ルビナの杖が突きつけられていた。
「さようなら、“異端者”」
「アイナッ!!」
ナオヤが叫ぶ――だがそのとき、奇跡が起きた。
封魔陣の隙間から微細な光が走る。ナオヤの指輪が淡く再起動し、リビルドの魔力反応が回復した。
「っ!……展開! 《リビルド》起動!!」
二人の間に、地を揺らし青い光を纏ったクラフトロボが地中から浮上する。胸部ハッチが開き、足を引きずりながらナオヤが飛び込む。
「……へぇー、起動できたところで、私を倒せると思ってるの?」
ルビナの目が冷たく光る。
ナオヤは汗をぬぐいながらも、口元を吊り上げた。
「さあな。でも、一発お見舞いしてやるよ。第2ラウンド、開始だ!」
高台に風が吹き抜ける。
ルビナの目が、再起動したリビルドを捕える。
「魔力干渉に対する再起動シーケンス……あれは、まさか独自の“再構築型”か」
「さぁな。なんせ“進化するガラクタ”ってのが、うちのロボの持ち味だ!」
コックピット内で、計器が一斉に起動。動力コアが唸りを上げ、背部スラスターが光を放つ。
「行くぜ……加速、ブーストッ!!」
リビルドが爆音とともにルビナへ急接近。彼女は即座に重力制御を発動し、空中へと跳躍する。
「《グラビティ・スパイク》!」
足元の空間が歪み、リビルドが重圧で地に沈む。だがナオヤは叫ぶ。
「《リフレクト・ジャンク》展開!」
盾を踏み台にし、強引に重力場から抜け出し、空中へ跳躍。
「いくぜ!《ドリルモード》起動! 貫き通す!!」
リビルドの右腕が変形し、禍々しいドリルを展開。ルビナの防御結界にぶつかり、空中で火花が散る。
ギョリリリリッ!!
「ぐっ……!」
その一撃に、ルビナの体がはじかれ、地面に叩きつけられる。
そこへアイナの援護魔法が走る。
「《クライ・ブリザード》!」
氷の結晶が風と共に舞い、ルビナの動きを鈍らせる。だが彼女はそれでも笑っていた。
「なるほど……確かに異常。だが、私もここで終わらない!」
彼女が杖を掲げる。
「《焼却術式:ヘルフレイム・バースト》!」
空が赤く染まり、灼熱の炎柱がリビルドを包もうとする。
「――させるかよ!」
ナオヤが叫ぶ。
「背部魔導砲、零距離照準……発射ァ!!」
青白い魔導光線が炎を突き破り、ルビナの結界を貫いた。
爆風が巻き上がる中、ルビナは血を流しつつ微笑んでいた。
「……ここまでのようね。……いいわ、次は“本当のギルドの力”を見せてあげる」
そう言い残し、ルビナは転移魔法で姿を消す。
残されたのは、焦げ跡と、満足げに笑うナオヤ。
「なあ、アイナ……もっと強化しないとヤバいな」
「……ええ。次は、もっと強い敵が来る。間違いなく」
ナオヤは空を見上げた。《ゼルスの瞳》はそこに浮かんでいる。
「いいねえ……次のステージは、あそこか」
「冗談言ってないで、まず整備よ」
「了解! 次も派手にいくぞ、“リビルド”!」