第10話:突入、浮遊都市《ゼルスの瞳》
蒼天に浮かぶ巨城《ゼルスの瞳》。逆さ吊りの塔が連なる異形の構造体が、空間をゆがめながら宙に在る。
ナオヤとアイナは、強化を終えたリビルドと共に、地上からの高出力跳躍で一気に突入を仕掛けた。
「スラスター最大出力! 重力反転まであと五秒ッ!」
ナオヤが叫ぶ。風が轟音を立て、浮遊都市へと急接近していく。
「ブースト射出――《クラフト・リフト》!」
リビルドがスラスターを炸裂させ、空中に跳ねる。周囲を囲む重力結界に入った瞬間、機体は逆さに浮かび、都市内部の重力に切り替わった。
視界が反転し、足元が空に、空が地に。
「着地完了。ここが……《ゼルスの瞳》」
「すごい、本当にロボットが空を飛べるなんて……」
廃墟のような街並み。瓦礫と鉄骨が無重力で漂い、中心には巨大な機構塔がそびえ立っている。
「制御中枢はあの塔の最上階。急ぎましょう」
アイナが静かに言う。だがその時――
「“異端者”ナオヤ、および解析者アイナ。再度、排除対象として認定された」
低く、そして響く声。
瓦礫の影から現れたのは、再び紅のマントを翻す少女――《ルビナ》。
しかし、その姿は以前とは違っていた。
銀髪には炎の文様が刻まれ、瞳はさらに深紅に染まり、肌には刺青が浮かぶび、黒鉄が刺さっていた。背には、禍々しい浮遊機構――《魔装式制御陣<レッド・コード>》が接続されている。
「ギルドによる極限術式……これが私の“新たな力”よ。あなたたちのために、特別に用意されたの」
「痛そうじゃねぇか……美少女が台無しだ……!」
ナオヤが呻く間もなく、ルビナは跳躍した。空間が波打つ。
「《炎裂術式:カルミナ・レイヴ》!」
空間を切り裂く炎刃が、一直線にリビルドを貫かんと突進してくる。ナオヤは即応。
「《リフレクト・ジャンク》起動!」
再構築された盾が展開し、炎を受け止め、爆裂。爆煙の中から、ルビナが空中を旋回する。
「防ぐだけじゃ意味がない。こちらから、叩く!」
ナオヤがリビルドの《黒鋼》を展開、刀身が空を裂いて走る。だが――
「《重層結界:ヴァル=ヘム》」
彼女の周囲に八重の結界が浮かび、剣撃を完全無効化。
「くそっ……じゃあこれはどうだッ!」
リビルドの背部砲が展開、近距離照準で魔導砲を叩き込む。しかしその瞬間、ルビナが指を弾いた。
「《位相転移:ゼロ=ブレイク》」
砲撃がすり抜けた。
「……!? 相殺じゃない、転移されたのかよ!?」
「貴方の解析を上回る演算速度、そして“術式無効域”。私に届く術式など、存在しない」
ルビナが高速詠唱に入る。
「やばい、来るぞッ!」
「ナオヤ、時間を稼いで! 私がレッド・コードを無効化する!」
アイナが近くの制御装置に魔法端末を接続。古代機構の魔導路を通じてレッド・コードをハッキングする。
「三十秒、持たせて!」
「言ったな……任せろッ!」
ナオヤがリビルドを急加速させ、ルビナに突進。
「《黒鋼・変式:牙砕》ッ!!」
刀身が裂け、鋸状に変形する。接近戦を強制する形で、ルビナの術式発動を阻害。
「読み切った! てやぁっ!!」
連撃が結界を一枚、二枚と破っていく。しかし――
「……なんて切れ味……でも、終わりよ」
ルビナが静かに呟いた瞬間、背の《レッド・コード》が開放。
「《終焉詠唱:カタストロフィ・インフェルノ》」
空中に、七重の術式陣が形成される。発動すれば、都市ごと消し飛ぶだろう。
「アイナァ! まだかッ!」
「あと五秒ッ……四、三、二……」
その瞬間、アイナの手が制御回路に伸びた。
「《解除術式:オーバークラッシュ》!」
レッド・コードは沈黙した。しかし、今度は、制御塔の封印が解除され、内部機構が暴走を始める。
「二重トラップ!?くっ!ギルドにはめられた!」
都市の浮遊炉が点滅し、重力が暴走し始めた。
「ルビナ、巻き込まれるぞ!!」
「構わない……これが任務……」
暴走した炉から放たれた重力波により、残骸がルビナに当たり吹き飛ばされた。
ナオヤは急制動しながら彼女に叫ぶ。
「死にてぇのか! 落ちるぞッ!」
ルビナは表情を変えず、崩れゆく足場の中、視線だけを向けて言った。
「貴方たちは、ここで終わるべきだった。……私はまだ終わらない……」
ルビナは転移魔法で消えた。
残されたナオヤとアイナ、そして重力炉の暴走を止めるため、彼らは塔の最上層へ向かって走り出す。
「くっ!アイナ、次は“止める”番だな」
「ええ……こっちの番よ、“創る力”で止めてみせる」
《ゼルスの瞳》、最終制御域へ――突入開始。