30.寂しい文化祭
みずきにとって高校生最後の文化祭ほど思い出深い文化祭はない。
もちろんいい意味ではなく・・・
みずきにとって文化祭程孤独感を感じるものはないだろう。
大抵の人が文化祭といえば仲の良い友人、グループ、好きな異性又は気になっている異性、
が一緒になって色々クラスで行っている催し物を見たり、お化け屋敷でキャ~と叫んだり、
皆でライブに参加したり等等等をしてまさに青春盛り上げる最高の機会だ。
だけど私にはそんな事一緒にしてくれる友人はいない。
作るのを諦めたのだから仕方のない事なのかもしれない。
けど・・けど・・けど・・。
やっぱり悔しい・・。
みずきは文化祭の日に居場所がなかった。
廊下を歩いているだけで周りの騒音がうるさく感じた。
人の声を聞きたくなかった。
人の声にストレスを感じる。
本来なら休みたかったが親が変に思うと思い休む事が出来なかった。
周りから文化祭の時でも一人でいると思われる事に嫌悪感があった。
一人になる居場所が欲しい。
皆に見られない居場所が欲しい。
静かな場所が欲しい。
何処にある。何処にある?
みすきは文化祭の日一人になる場所、静かな場所をずっと探していた。
そしてやっと見つけた。
そこはトイレの中だ。
トイレの中に入っておけば、私が一人でいられるのをみられなくてすむ。
みずきはトイレの中に入りずっと座っていた。
ここなら誰にも見つからない。
時々人は入ってくるけれど私を見られる事はない。
ある芸人がネタを書いたならこんなネタを書くだろう。
私にとって文化祭の思い出はトイレの中だ。ワイルドだろう~。
みずきはトイレの中の便器に座って考えた。
文化祭なんて嫌い。
文化祭なんて陽キャの人達だけでやればいい。
なんでこんな物があるんだ。
こんなのがあるから私の精神はズタボロになるのだ。
文化祭なんてやりたい人だけが、すればよい。
やりたくない人は学校を休みにして欲しい。
体育祭にしてもそうだ。
体育祭にいて私の出番はせいぜい10~15分程だ。
その為に校庭のいすで他の競技を見なければならない。
全くおもしろくない。応援もなにもない。
別に文化祭や体育祭が楽しくて仕方がない人達が集まってすればいいと思う。
それでいいと思う。
別に邪魔をする気はない。
只世の中にはそういう空気にうまくなじめない人もいる。
そういう人達の逃げ場所はつくって欲しい。
何で高校に入ってまでその戦いが待っているのか。
コミュ障が、勉強や精神の弊害になってはいけない。
そういう風に考える大人はここにはいない。
気づいてくれる人はいない。
所詮先生はコミュ力ある人達の集まりだ。
飲みにケーションにコミュニケーション。
何をするにしてもそれが一番大事。
その様な先生ばっかしだ。
ついていけない。
うんざりだ。
コミュ障が勉強や精神の障害になってしまった。
私は勉強が出来なくなってしまった。
成績もどんどん落ちてしまう・・・
暫くしてみずきはまた考えた。
もし私の世界にごめんにゃ猫がいるならば
「大丈夫だにゃ。みずきはみずきだにゃ~。ごめんにゃ猫はみずきの味方だにゃ~。」
なんて言ってくれるのだろうか。
そうだ。
いつか大人になって振り返る事があれば日記を書こう。
名前は何がいいかな?
「コミュ症日記」とてもしようか?
この日記に自分の気持ちをぶつけてやる。
コミュ障のコミュ障によるコミュ障の為の日記だ。
殻に閉じ困っている私の気持ち。
いつか誰かに届けたい。
『いつか本当にいつかだけどこの事を笑い話として届ける事ができますように。』
季節外れの七夕に願いを込めて・・・。




