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後編

 アリスの書いた物語を、フェリオは一気に読んでくれた。次の日、徹夜したと言われた時には焦ったが、目を赤くしながらも、笑顔で物語の中のアデライトについて熱く語られた上で「描かせてくれ」と言われたのに、アリスは頷くことしか出来なかった。

 肖像画はあるが、実際に会ったり話したりした訳ではない。

 けれどアリスは夢で彼女の生涯を見たし、フェリオは物語を何度も何度も読み、更に少しでも疑問が浮かぶとアリスに尋ねに来た。休みの日だけではなく、学園でも昼休みや放課後にやって来たので、周囲は驚きつつも熱く語る二人を見守った。

 ……こうして、フェリオの描いた『薔薇の乙女』は完成し。

 フェリオの新作は話題となったが、彼はモデルが悲劇の王妃・アデライトであるとは明かさなかった。フェリオとしては、あくまでもアリスの物語を形にしたからである。

 架空の、しかしそれこそ生きてそこにいるような鮮烈さを、評論家達は絶賛した。こうして、フェリオは若いながらも美人画を描く画家としての地位を確立させたのだが──ここで、アリスにとって思いがけないことが起こった。

 絵を描いたら終わり、と思っていたフェリオから求婚されたのである。


「あの、わたしは年上ですし、平民で……伯爵家の方と、結婚なんてとても」

「伯爵家と言っても、私は三男だから家は継げん。成人したら男爵位を貰うが、領地運営は代行の文官に任せて、私は絵を描き続けるつもりだ……その為には、アリスに傍にいて貰わんと」

「えっ……?」

「お前がいて、絵について褒めてくれると、私はすごくやる気が出て次の絵を描けるんだ。もう私には、アリスが必要不可欠なんだ!」


 ……その言葉と共に向けられた瞳から、アリスはそっと視線を逸らした。

 最初は、怖いと思った。だが絵を描き終えるまで傍にいて、何か言うたびに向けられると──眩しいとは思うが、同時に綺麗だと思った。

 素人感想でいいのかとは思うが、彼の目を見る限り良いのだと信じるしかない。と言うか、今更だが断る理由に『年下の彼のことなど何とも思ってない』と言わなかった。あくまでも『相手には自分が相応しくない』としか思わなかったのだ。


(でも、それは……フェリオ様に、失礼……よね)


 そう思い、おずおずとフェリオを見ると、彼もまた不安そうにアリスを見つめていた。

 そんな彼に胸が苦しくなったことで、己の気持ちを自覚するしかなく──アリスは、勇気を振り絞って口を開いた。


「嬉しいです。ただ、わたしの一存だけではお返事出来ませんが……親の許可が出たら、卒業パーティーでエスコートしてくれますか?」

「っ、ああ、勿論だ! というか、そうだな! ちゃんと、ご両親にご挨拶をしなければっ」


 アリスの申し出に、途端に破顔したフェリオを見て──アリスもまた、頬を笑みに緩めたのだった。



 こうして、結ばれた二人を──というかアリスを、ノヴァーリスは静かに見守った。

 生まれ変わりとは言え、別人であるしそもそもアリスにはノヴァーリスの姿は見えない。だからアデライトの時のように傍にいて、力を貸そうとまでは思わなかったが、それでも彼女が穏やかに、幸せに暮らしていることは嬉しかった。

 ……そして、今。

 ノヴァーリスの見ている先で、アリスは愛する夫と、子供や孫達に囲まれて安らかに息絶えた。


(前世の傷も、すっかり癒えたみたいだから……もう、生まれ変わることはないだろう)


 愛するアデライトの魂にとっては喜ばしいことだが、少しだけ寂しいと思うのも事実だった。それ故、屋敷の外から宙に浮いて見守っていた彼は長衣を翻し、その場を離れようとしたのだが──。


「ノヴァーリス」


 不意に、背後からかけられた声。

 物語を読んだアリスやフェリオは、彼の名前を物語の登場人物として知っているが──宙に浮いている彼と同じ高さで、声が聞こえるのはまずおかしい。

 そして振り返り、ノヴァーリスがよく知っている声の主を見て、彼は紫色の瞳を大きく見開いた。


「……アデライト?」


 そこにいた彼女は、薔薇こそ持っていないがフェリオの絵に描かれていたのと同じドレスを着てそこにいた。十八歳くらいの──一回目では冤罪によって殺されて、巻き戻った後はサブリナを陥れた頃のアデライトだった。

 確かにアデライトなら、彼を見ることも呼ぶことも触れることも出来る。

 しかし、今のノヴァーリスは空中に浮いて、フェリオとアリスの屋敷を見下ろしていたのだ。つまり、目の前のアデライトも彼と同じく浮いているのである。

 驚くノヴァーリスの視線の先で、アデライトが口を開いた。


「今生で、私は……『アリス』は、本をたくさん読みました。たくさんの言葉を知って、大切な人に己の気持ちをしっかりと伝えたい。そしてその望みは、果たされました」

「……ああ、そうだね」

「『アリス』は、満足して逝きました。そして、満たされた魂は……『アデライト』は、『アリス』のように、大切なあなたに気持ちを伝えたい。傍にいたいと思いました。やり直しや生まれ変わりではなく、私があなたと……そうしたら、気づけばここにいました」


 ……ノヴァーリスは、気づけばこの世界にいた。そこはアデライトと同じだが、かつて人間だったということはない。

 けれど、たとえ彼とは違っても──アデライトは今、こうしてノヴァーリスの元へと来てくれたのだ。

 そのことが嬉しくて、ノヴァーリスは彼女へと手を差し出した。

 そんなノヴァーリスの手に、アデライトはその手を乗せてきて──彼同様に、ぬくもりは感じない。けれど、確かに存在する彼女の手を握って、ノヴァーリスは言った。


「ああ、一緒に行こう。二人で、この世界を巡ろう」

「ありがとうございます、ノヴァーリス……愛しています。また会えて、嬉しいです」

「私も、君を愛しているし……君が、私を望んでくれて嬉しいよ」


 君の望みは、全て叶えたいからね。

 そう言ってアデライトに笑いかけると、ノヴァーリスは彼女を連れて今度こそこの場を離れたのだった。

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