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第八話 取り残された路地裏で

 今日はろくでもない一日だった。


 いや、『だった』と言ってしまって区切りを付けたいところだけど、実際はまだ夕方に差し掛かったところ。一日の終わりまで後8時間くらいはある。

 無茶苦茶な日々は、彼女にとっては既に日常であったが、今日は特に災難な日だった。

 そう思いながら、エルラは大きな溜息を一つ吐いた。


 昼過ぎに、惑星ディルガについて直ぐに、いま彼女の後ろをトボトボと歩いてくる馬鹿を見つけた。

 ガーデル星人の生き残りだと思って、辺境の星まで遥々船を飛ばしていったのに、待っていたのは戦闘力など皆無そうなヒョロヒョロと、やたらと喋る割に大事なことは何も知らないアシスタントAIだけ。

 おまけにハンクの馬鹿が撃って来て、船に乗せていたものの中で、一番価値のあったワープホールまで使ってまで、彼女とっては面白くもなんともないこの星にやってくるハメになった。


 その続きが、『この世界のことは何も知らない』という、赤ん坊のような男のお守りだ。

 他の連中は、船の整備や必要備品の買い出しに出かけて行った。

 今回の道程で、殆ど燃料が尽き欠けていたところに、ハンクのクソ馬鹿による襲撃。

 アイツらの買い出しが終わるころには、また殆ど一文無しだ。

 

 エルラは貧乏暮らしには慣れていたが、金がなくなってくると、やりたくないような仕事もしなくてはならなくなることが不快だった。

 生きるためには、不愉快なことばかり繰り返さなくてはならない。

 それは、この宇宙全体で共通の、きっと大昔から変わらないクソッタレのルールだった。


 そこまで考えてエルラはふと、自分が連絡してからの、ハンクの到着が早すぎたことに気付いた。

 ギアンの馬鹿がアクセルを踏み続けても3日かかった距離だ。それなのに、偽情報に激高したエルラのコールから十数分後には、ハンク達は惑星ディルガに到着して、自分たちを襲撃した。


 そんなにも早く到着出来た理由は、たった一つしかありえない。

 ヤツらもワープホールを使ったのだ。

 そう思い至って、エルラの頬は少し緩んだ。


 大損したのは私だけじゃない。

 アイツらだってワープホールを無駄にしたんだ。しかも、あっちは6隻。私たちが使ったワープホールよりも大型のものに違いない。

 彼女の脳裏には、今頃両手を振り回して激怒しながら、部下連中にイライラをぶつけるハンクの姿が、はっきりと浮かんだ。


 でも、あのドケチのハンクが、そうまでして取り返そうとするこの男には、一体どんな価値があるのだろう……?

 自分の後をトボトボとついてくるリュウの方を振り返りながら考える。

 彼女と目が合った瞬間、彼の身体はビクつき、両腕で顔を守るようにして怯えた様子。


 どう考えても、このヒョロガリにそんな価値があるとは思えない。

 船を降りた時、ファイツァーに、地球人にはサイコキネシスの類とか、あるいはリーラのような変身能力とか、そういう特殊スキルがあるのか聞いてみたが、そんなものはないという返答だった。


 つまり、この細い細い腕が、コイツの戦闘能力の全て……

 知力の方も、すぐパニックになってばかりで、特別高いようには思えない。

 大昔に滅んだ、殆ど誰も知らないような星の、たった一人の生き残り。


 「大丈夫……!瞳孔の開き方などを総合的に分析した結果、彼女に攻撃の意思はありませんよ……!」


 このAIも、分かり切ったことをしゃあしゃあと話し続けるだけ。

 過去の遺産としては、そういうののコレクターたちにとっては価値があるのかもしれないが、同じようなレベルのAIは、この広い宇宙にはごまんと転がってる。


 「迷子になられちゃ迷惑だから、もっと近くを歩きなさいよ」


 エルラは、苛立ちを隠さない声でそう言った。

 シャワーを浴びてから出てくればよかった。走った時にかいた汗がまだ残っているし、この通りはやけにジメジメしている。本当に、今日は不愉快なことばかりだった。


 リュウは、ボソボソと何かをナレに相談しながら、小走りでこっちに近寄って来る。顔はそれほど悪くない、とエルラは思った。

 決して彼女の好みの顔というわけではないし、一般的に容姿が良いと言われるタイプでもないだろう。

 あくまで『普通』という意味だ。体力や知力が劣っている分、見た目はまだマシに見えた。

 

 真っ黒な黒髪は、3,000年間眠っていたという割には、きちんとカットされていたし、ギアンのような無精髭も生えていない。

 きっと、あのコールドスリープ用のマシンが身体的な管理をしていたのだろう。

 

 そういえば、あれは惑星ディルガに置いてきてしまった。

 ファイツァーは殆どアンティークの類だと言っていたが、二束三文でも売り飛ばせるものは持ってくるべきだった。

 いつもなら、彼女が一回手に入れたものを、何の金にも変えずに捨ててしまうことは絶対にない。

 

 ハンクの馬鹿が急に仕掛けてきたせいだ。

 彼女は、ハンクには必ず痛い目を見せてやるつもりだったが、その時にはあのマシン代の分も含めて、きっちりととっちめてやると心に決めた。


 「あの……この通りは、空から見たこの星の印象とはずいぶん違うようだけど……」

 

 リュウが遠慮がちに話しかけた。ナヨナヨとした態度がエルラの気に障った。

 地球人というのは、皆こんなふうに、人をイライラさせるのが得意な種族だったのだろうか?


 小さく舌打ちして、冷たい目つきでリュウの方を見やる。

 本当はエルラの方が少し背が低いのだが、リュウが始終身体を縮ませているせいで、彼女を見上げるような格好になっているのだ。


 「どこにだってこういう場所はあるのよ。外から見えるキラキラした部分だけで、星の全部が出来てるわけじゃないわ」


 ポツポツと電灯が立っているだけの薄暗い路地。こういう場所の見た目はきっと何十世紀前から変わっていない。中心街がどれだけ煌びやかになっていっても、そういう発展や技術の進歩が届かない場所があるのだ。


 そしてそれは、エルラがこれまで訪れたどんな星にもあった。

 そういう場所しかないような星もいくつか知っている。


 「こういうところは安く酒が飲めるのよ。物価上昇からも取り残されちゃってるせいでね」


 エルラはそう言いながら、果たしてこの男は酒を飲めるのだろうか、と眉をひそめたが、妙に敏感なナレが即座に答えた。


 「リュウさんは、これまでアルコールの類を摂取したことはありません。地球では、人類が酔っぱらう必要はありませんでしたから……ですが、身体的には多少のアルコール接種は問題ありません」


 酔っぱらう必要のない暮らし。随分良い生活をしてきたんだなと思いながら、エルラは我知らず、意地悪な気持ちになっていた。

 幼いころから、酔いに逃げながらなんとか生きてきた自分と、無意識に比べてしまっていたからだ。


 「そう、こういう場所は厄介なトラブルに巻き込まれることも多いから、そっちの方に気を付けなさいよ」


 『厄介なトラブル』、という言葉を聞いて、リュウは肩を竦めて怯えた様子。

 あまりにも想像通り過ぎた反応に、エルラのイライラは余計に高まった。


 ちょっとぐらい怖い目に合ったって不満は言えないはずだ。コイツのせいで私の一日は台無しになって、また無駄金を使うことになったわけだし。


 エルラは、『厄介なトラブル』が、この通りの中で息を潜めて、自分達を待ち受けていることはまだ知らず、フンと小さく鼻を鳴らして、歩くスピードを速めていった。


 


第七話もお読みいただき、ありがとうございます。


しばらく、エルラ視点で進行します。


ブックマーク、評価、ポイントなどいただけると嬉しいです。


引き続き、お付き合いの程よろしくお願い致します。

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