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第五話 作戦会議

 ジェット噴射の凄まじい爆音とともに、身体全体に強い慣性力がかかった。

 恐らくは無理やりな改造を施されているであろうラムライズ号の全体が唸りを上げ、その操縦者であるギアンは軽やかに口笛を吹いた。

 

 「う……うわ……」

 

 僕は、目の前の柵を握る両手に力を籠め、腰は無様に落として踏ん張ったが、それでも後ろに引き摺られそうになるほどの勢い。

 こういう無茶苦茶な運転に慣れているのであろう他の面々は、特に慌てることもなく各々の作業を続けている。


 「しっかり掴まってな!宇宙最速ってやつを見せてやるぜ!」


 ハンドルを握るギアンが叫んだ。彼の紅く血走った目は前方のモニターに釘付けになっていたままだ。

 『宇宙最速』というのは恐らく大きな誇張だろうが、彼が本気でそれを目指していることははっきりと分かった。

 それくらい、躊躇の一切ない急加速。

 

 この時には僕はまだ知らなかったんだけど、ギアンが運転に最集中するためには、酩酊状態になる必要があるらしい。

 酔っ払い運転で本領を発揮できるなんて、耳を疑ってしまうような話だけど、これまでの航海で、彼の運転技術とアルコールと親和性は証明されており、後々になって気づいたことには、運転席でカプラスカ星産の安酒を呷る彼を、ファイツァーすら止めようとしなかった。

 

 彼は、アルコール臭を纏っている時には繊細なハンドリングテクニックも見せるれども、残念ながら今はシラフ。

 この状態の彼にとっては、『フルブースト直進』だけが運転の全てだ。


 ハンクの飛行船は、急激に近づいてくるラムライズ号に向けてビーム砲を放ったが、その勢いに焦ったためか、その光線は標的を大きく逸れて、宇宙の闇の中へと消えていった。

 その攻撃が残していった轟音に慄くこともなく、ギアンはアクセルをさらに強く踏み込む。

 ラムライズ号はスピードを上げ、ハンクの飛行船と擦れ違った。

 

 外から見れば、この船は燃え行く流れ星のようにも見えただろう。

 それが、人々が彼らを『一つ星盗賊団』と呼ぶ理由だと分かったのはもっと後の話だけど、実際、流れ星のように、目的地もなく行き当たりばったりの彼らにはぴったりの名前だと思う。 


 「ボヤボヤしてんな、クソッタレ!」

 

 ギアンが太い右腕を突き上げながら、勝利の雄叫びを上げる。

 ファイツァーは肩を上げて、やれやれというジェスチャー。きっといつものことなのだろう。切れ長のその目に非難の色はなく、ただ諦めの感情だけが浮かんでいた。

 

 「あのねぇ!返り討ちにするって言ったでしょう!すれ違っちゃってどうするのよこの馬鹿!」


 いつの間にか船長席であろう場所に腰を下ろしたエルラが怒り声を上げた。

 僕がモニターを見やると、ハンクの飛行船は慌てて旋回を開始していたが、ラムライズ号との距離はどんどん離れていき、モニターに映る船影はみるみる小さくなっていっていた。


 「全力前進つったじゃねえか!?」


 ギアンはなおも、アクセルを踏む力を緩めない。

 宇宙船の全体がぎしぎしと音を立て始め、このボロ船がどこまで耐えられるのか不安になってくる。

 

 「ずっと全力前進じゃないわよ!急加速で相手の照準をずらしてから攻撃するって意味だったの!」


 顔を真っ赤にして叫ぶエルラ。黙っていれば落ち着いた美女にも見える顔立ちだが、話し方や表情はまるで子供のそれだ。

 頭から湯気が出そうな調子で、両手両足をバタバタさせながら喚いている。


 「へっ!追いつけなきゃ負けなんだよ!つまり俺達の勝ちってことさ!」

 

 平然と答えるギアン。別に、エルラをからかってという調子ではない。

 彼は心の底からそう思っているのだ。

 スピードが全て。駆け抜けることにしか人生の意味を見出さない孤高の中年男。


 「このクソスピード狂!」


 「なんだと!?だったらもっとちゃんとした指示を出しやがれってんだ!」


 二人の口喧嘩が盛り上がってきた中、ファイツァーが小さく、彼の肩の上に乗る少女に呼びかけた。

 その声に頷いた彼女の身体は、みるみる形を変えていき、3メートル四方程度の電光掲示板になって飛び上がった。

 その中央には『Attention』と書かれており、ピーピーという警告音も、変身を遂げた彼女の身体から鳴り響いているらしい。

 彼女が来ていたワンピースは変身と同時に跳ね上げられて、ふわっと宙に舞っている。


 「一体どういう技術なんでしょう……?それとも、彼女の生物的な能力なのでしょうか……」

 

 耳元でナレが呟く。

 勿論、僕にそんなこと分かるわけがないというのは彼女も知っているはずだから、僕への問いかけというようりも独り言だ。

 地球産AIの知識にはない宇宙の不思議。

 僕の方は、もうあれこれ考えるのを止めてしまっていた。どうせ考えたって分かりっこない。


 「なによ、ファイツァー?」


 エルラがそう問いかけると、彼は「盛り上がっているところ恐縮ですが……」と前置きしながらパネルを操作して、前方のモニターにレーダー探知画面を表示した。


 「先程のものとは別で、こちらに急接近する飛行物体が5隻。識別番号から、いずれもハンク商会のものと思われます」


 元の姿に戻ろうとするリーラの身体を、丁度落下してきたワンピースが包み込み、変身完了後には元通りの着衣状態になっていた。

 これも何か特殊技術なのか、あるいは日常的に変身を繰り返しているであろう彼女が磨き上げたテクニックなのかはわからなかったが、一枚布のワンピースは、彼女のスキルに適した服装のようだ。


 「なによアイツ、全戦力投入ってわけ!?」


 エルラが船長席の上で、ダダっ子のように体を揺らしながら言った。

 イライラに顔を紅潮させて、さらに頬を膨らませることで『面白くない』という感情を最大限に表現している。

 その間にも、ハンク商会の船を示す五つの赤い点滅は、どんどんこちらに接近してきている。


 「ちょっと解せませんねぇ……彼らが我々を裏切る日というのは、いつかやってくるだろうとは思っていましたが、6隻も投入とは……我々を相手にするには聊か戦力過多です。コストにうるさい彼らしくない」


 そう言ってから、ファイツァーは右手を顎に当てて少し考え込んだ。

 この一団の頭脳は彼らしい。船長であるはずのエルラは何にも言わず、ただファイツァーの言葉を待っている。

 しばらくの間、オーバースピードに悲鳴を上げる車体と、喚き声のようなエンジン音だけが響いていた。


 「考えられるのは、我々の新メンバーが、彼らにとって極めて価値のあるもの、ということでしょうか……?」


 ファイツァーの仮説に、ギアンがしゃくれた下顎をさらに突き出しながら、怪訝な表情をして見せる。


 「ちょっと待てよ。そもそもこいつらが眠っている座標を渡してきたのは、ハンク商会なんだぜ?地球人じゃなくてガーデル星人って話だったけどよ」


 出会った瞬間、僕の身体つきを見た彼は、これじゃ仲間にするのは無理だと言ったはずだが、『新メンバー』という言葉に引っかかってはないらしい。

 船に一度乗り込めばどんな奴でも仲間だという考え方なのか、あるいは言葉の一つ一つを丁寧に消化するタイプではないのかもしれない。

 恐らく後者のタイプだろうと僕は思った。


 「そうですね……例えば、コールドスリープ中の地球人の噂を、彼自身きっと偽情報だと思って我々に渡してきた。不確かな情報を根拠に自分たちの人員を動かせば、その分コストがかかりますからね。戦闘力に長けたガーデル星人だと言えば、きっと我々が興味を示すと思ったんでしょう。」


 「ところが、我々が見つけたものは、情報の通りに地球人だったと……まさか噂が本当だと思わなかった彼は、驚いて全戦力を投入して取り返しに……」


 「ちょっと待ってよ!私にはどう考えてもコイツにそんな価値があると思えないんだけど?」


 背もたれを倒した船長席でだらしなく体を伸ばしたエルラが、さっきから中腰になったままの僕の方を、右足で指しながら口を挟んだ。

 確かに、地球の最後の生き残り、あるいは僕自身に、何か特別な価値があるとは思えない。

 この数分間に分かったことは、地球は宇宙唯一の文明を持ったところではないどころか、既に滅亡してしまった過去の星ということだ。

 沈黙しているところを見ると、きっとナレにも心当たりはないのだろう。


 「彼らにとって価値があるのはナレさんの方かもしれませんし、それに……」


 3,000年前の地球人にとって、僕らを包んでくれるAIはとんでもない技術だった。

 だけど今や、ナレは『不完全なAI』になってしまったのだし、それにさっき彼女自身が、ファイツァーの方が技術的に進んでいる、と言ったばかりだ。

 この宇宙の中で、彼女が極めて希少なテクノロジーだということはないだろう。


 「何か我々が知らない価値が、リュウさんの存在そのものにあるのかもしれません……」


 そう言いながら、ファイツァーは僕の方を振り返った。

 その肩では、リーラが感情の読みにくいまっすぐな目で僕を見据えていた。


 ギアンは「こいつがぁ……?」とやはり懐疑的な表情。ハンドルを話して頭の後ろに両腕を組んでいるが、相変わらずアクセルだけはべた踏みしている。


 ファイツァーも、それがどんな価値なのか、心当たりがあるわけではないらしい。

 数秒の間、誰もモノを言わない時間が続いたが、沈黙はエルラがレザーシューズの底を床に叩きつけた音で破られた。


 「ま、何でも良いけどね」


 そう言いながら、彼女は僕の肩に手を置く。さっきまでとは違う優しい手つきだった。

 その柔らかい感触に絆されて僕は、彼女が船長らしく、何か言葉をかけてくれることを期待して彼女を見上げたが、彼女は何も言わずに真っすぐにモニターの方を見据えたまま、すぐに、その手に力を込めて、僕の身体全体を乱暴に揺さぶる。

 

 前言撤回。彼女の行動のどれか一つにでも、『優しい』という表現をつけるのはつけるのは間違いらしい。


 「ハンクの奴がこいつを狙ってるってんなら、絶対に譲ってやらない。というか私のものは一つもやらない!クソ馬鹿のくせに歯向かってくるのも気に食わない!」


 仁王立ちで力強く宣言した。

 状況分析など彼女には関係ないのだ。ただ、自分に向かってくる奴はコテンパンにやっつける。自分の持ち物に手を出そうというやつにも、二度とそう思わないように痛い目を見せてやる。

 シンプルでただただ乱暴な、子供のような信条。


 その宣言に、ハンクは「あいよ」と溜息交じりに小さく答え、ファイツァーは小さく微笑んだだけ。

 リーラは相変わらず、真意の分からない顔でこちらを眺めている。

 「ちょっと、リュウさんはあなたの所有物ではなく……!」というナレの抗議の声だけが、寂しく響いて消えていった。


 恐らくは毎回同じようなことが繰り返されているのであろう彼らの『作戦会議』の間にも、レーダー上の点滅は速度を上げて接近を続けていた。

第五話も、お読みいただきありがとうございます。


作戦会議というタイトルではありますが、考えを述べているのはファイツァーだけ、

一つ星盗賊団では、一応これを『会議』と呼んでいるようです……


ブックマーク、評価、ポイントなどいただけると嬉しいです。


引き続き、お付き合いの程よろしくお願い致します。

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