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第四話 ラムライズ号発進

 走ることは出来た。

 全然スムーズって感じじゃなかったから、『一応』ってつけたほうが良いかな……

 

 恐ろしくゆっくりで、他の面々からは離されていくばかりだったけど、まず自分の足で前に進めているということにびっくりしてしまった。

 さっき、走ることは僕にとって初めての経験だったって話したけどさ。実際のところ歩いたことすら殆どなかったんだから……

 

 勿論、仮想世界ではずっと歩き回って旅をして来た。

 だけどそれは、あくまでも、AIが見せてくれる世界の中をバーチャルに体験してただけ。『現実』の中で自分の足を使ってというのとは違う。

 どれだけ遠くまで旅をしたって、実際のところ身体はベッドの上に寝そべったままで、だらんと伸ばした両足を、一歩たりとも動かす必要はなかった。

 

 後からナレに聞いた話だと、完全に運動しないことは人間の健康に悪影響だから、たまに筋肉に電気を流して無理矢理動かしたりはしていたそうだ。

 つまり、受動的な運動だけだったってことだね。僕が自分の意思で身体を動かすということな殆どなかったと言って良い。

 そもそも現実世界にいたことがほぼなかった訳だしさ。

 

 それでも、初めての割に上手く走れたのは、僕自身が仮想世界の中で『身体の動かし方』を学んでいたからだろう。

 実際に自分の身体を動かす訳ではないけれども、僕の脳はずっと、走るという行動のシミュレーションをしていた訳だ。

 僕が仮想世界の中で『走る』度に、一応脳が、毎回『走る』という行為の指揮を取ったり制御をしたりしてたってことだね。

 ゲームのキャラクターを移動させるために、コントローラを動かす感じっていうと分かりやすいかな……

 (仮想世界以後の地球では、テレビゲームなんてものは存在しなくなっていたけど、一応知識としては知ってるんだ。まあ、あれも仮想世界といえば仮想世界だよね。現実から逃げられるわけじゃないってのが残念なところだけど……)

 

 ファイツァーの肩の上で揺れるルーラの口元が『頑張って』と言う形で動いているのが見えた。

 彼女は本当に優しい子なんだ、と僕はちょっと状況にはふさわしくない程冷静に感じた。

 『子』って呼んだけど、彼女が見た目に反して僕よりもずっと大人だってこともありうる。

 ふわっとしたワンピースを纏った小さな身体は、地球人でいうとまあ10歳かそこらくらいの感じだったけど、僕の『常識』というのはここでは何の役にも立たないということには、さすがの僕も段々納得し始めていた。

 

 「イチ、ニ!イチ、ニ!」

 

 ナレが耳元で叫んでいる。僕をアシストするために、リズムを取ってくれているらしい。

 まだそこまでキビキビと身体を動かせるわけじゃないので、彼女が刻むリズム通りに走れるわけじゃなかったけど、それでも僕は、出来るだけそのテンポに合わせられるように不格好に両足を上下させ続けた。


 頭の中は未だにごちゃごちゃだったけど、取り合えずやることが決まっているというのは、パニックにならなくて済むための有効な方法のひとつかもしれない。

 他のメンバーに遅れながらも、何とかその背中を目指して走り続けた。


 「そこの岩場の裏です!」

 

 ファイツァーが、僕の方を振り返って言った。

 彼が指さした先を見ると、灰色の岩石群が巨大な花のように開いている場所があった。一枚一枚の岩の板が、花弁のように上に伸びている。距離としてはここから10メートルくらいだ。多分、この花冠の中心に、彼らの船が隠されているのだろう。

 

 ファイツァーが岩の板と板の間に飛び込んだ。

 僕も同じ場所から身体を滑り込ませる。

 その途端、また砲撃が地面を抉る轟音が鳴り響いた。


 かなり近くに着弾したらしい。足元の地面が揺れて、辺りが砂埃に包まれる。


 「大丈夫ですか!?」

 

 ナレが叫んだ。喉や肺に小さな粒が入ってくる感触。

 仮想世界で砂漠の国を旅したこともあったけれど、これは初めての感覚だった。


 これが現実……これがリアルなんだ……

 

 恐怖が一瞬、僕を襲ったけど、生存本能がそれを打ち消した。

 今は、足が竦んで、なんて言ってられなかった。


 咳込みながらも、右手を挙げて無事だということを彼女に示した。


 砂埃の向こうに、彼らの宇宙船が見えた。

 それは、大昔に、地球人たちがUFOとしてイメージしていたのとかなり近い見た目をしている。

 直径20メートルくらいの銀色の円盤型で、中央の巨大なボール型のボディをぐるっと一周リング状の裾がついていて、ちょうど土星みたいな感じだった。


 なんというか、とってもダサい……

 いかにもステレオタイプの宇宙船ってフォルムをしていて、しかもボディには汚れや傷が目立っていた。


 「あそこから上がってください!早く……!」

 

 ナレの声とともに、僕の右耳に取り付けられたデバイスからレーザーポインターが照射された。

 赤い光点が指し示す場所を見ると、宇宙船の中央下部からハッチが開き昇降用の梯子が下りてきている。

 ファイツァーが梯子に手をかけると、ハッチは鈍い音を上げながら閉まり始めた。


 「ちょっと!彼がまだですよ、ギアン!」

 

 ファイツァーが宇宙船の内側に向かって叫ぶが、ハッチの閉扉は止まらない。

 僕は走るスピードを上げようとするが、息が上がって思うように進めない。

 後数メートルの距離が、とんでもなく遠く感じる。


 「ダメだ……!」

 

 諦めかけた僕がそう叫んだ時、ファイツァーの肩からリーラが飛び上がった。

 空中で、彼女の身体は水色の液状、スライムのような物質に一瞬変化し、そしてそのまま金属質の棒になって、閉じていくハッチの隙間に入り込んだ。


 「ええ……!?」

 

 ナレが驚きの声を上げた。僕も同じ気持ちだ。

 だけど今は、びっくりして足を止めているわけにはいかない。


 リーラがつっかえ棒になって、閉じようとするハッチの運動は妨げられ、機械が軋む鈍い音が呻き声のように響いている。


 「さぁ……!」


 リーラが何とか確保してくれたハッチの隙間から、ファイツァーが右腕を伸ばした。

 僕が彼の手を取った瞬間、とんでもない力で宇宙船の内部へと投げ飛ばされた。


 そのまま何かに頭をぶつける僕。

 頭の中はその衝撃に火を噴いて、背中を床に叩きつけられたために、僕は呼吸も出来ずに悶えた。

 

 鳴り響く機械の動作音やピープ音に混じって、エルラとギアンの大声でのやり取りが聞こえてくる。エルラの方は、僕のすぐ近くにいるらしい。

 

 衝撃にチカチカする目をこすりながらなんとか瞼を開くと、スラっと伸びた美しい脚の間に純白のパンツが見えた。


 「クソ変態星人め!!」


 容赦なく僕の顔面を踏みつけるエルラ。

 彼女のレザーシューズを押し付けられて、僕は呻き声を上げることすら叶わない。


 「ちょっと乱暴は……!」

 

 ナレがそう抗議したが、エルラは何も言わずに今度は脇腹を蹴っ飛ばし、僕の身体はごろごろと床の上を転がっていく。

 転がりながら、宇宙船内の小高くなっている中心部にいるのだということに気付いた。


 この部分は船長席とでも言うのだろうか。他の乗組員達を見下ろせるように配置されている。

 階下の2つのシートのうち、片方には既にギアンが座っていて、アームレストの部分から伸びたパネルを操作していた。


 「モニター、つくぜ!」


 ギアンがそう叫んだと同時に、ドーム型の天井が明るくなり、周囲の光景が投影された。

 敵の飛行船は、こちらに向かって真っすぐに飛んできている。

 先端に設置された砲台に光が集まっていくのが見えた。


 「手荒ですみませんね……」


 僕に詫びながら、ファイツァーがもう一つのシートに腰を下ろす。

 いつの間にか元の姿に戻ったリーラは、また彼の肩に乗っかっている。恐らくは、そこが彼女の定位置なんだろう。


 船全体を激しい揺れが襲った。


 直撃……!?


 またしても床を転がり、腹ばいになった僕。

 顔を踏みつけられるのはもうごめんだから、視線は上げずに階下の3人の方に向けておいた。


 「損害は!?」

 

 船長席を囲うように設置された柵を掴んで、衝撃に耐えながらエルラが叫んだ。


 「間一髪でバリア展開済みです。しかし、エネルギー不足ですからねぇ……耐えられるのは後数発かと……」


 落ち着いた調子でファイツァーが答える。その口調とは裏腹に、両手で忙しくパネルを操作している。


 「もう一発も当たりゃしねえよ!」


 そう叫ぶギアンのパネルには、『UNLOCK』という文字とともに、矢印のマークが表示されている。

 そのマークに沿って彼が右の人差し指を滑らせると、シートの正面が開き、そこからハンドルが展開される。

 ギアンは太い腕を素早く上げてそのハンドルを掴み、足元のレバーを乱暴に蹴り上げた。


 「ちょっと!発進は私の指示権限よ!!」


 エルラが怒ってそう叫んだが、既に宇宙船は垂直上昇を始めている。


 「あーもう!ラムライズ号、全力発進!」

 

 イライラまじりのエルラの声。

 「あいよ!」とギアンが答えるのと同時に、ライラムズ号はフルスピードで前進を始めた。


 またしても転がる僕の身体。

 「あの……どこかに掴まっておいた方が……」とナレが当然のアドバイスを寄こしてくれる。

 もっと早く言ってほしかった。


 これが、つまり僕と『一つ星盗賊団』の最初の船出だ。

 僕にとって初めての宇宙航海ってことにもなるのかな。

 (実際のところ、コールドスリープのマシンごと宇宙に弾き飛ばされていたことはあるんだけど……)


 ハンクがどうして、今回に限って彼らを裏切るつもりになったのか、

 そもそも僕という地球最後の生き残りが、この宇宙全体にとってどういう意味を持つかは追々話せればと思う。

 僕よりも、ファンツァーとかから説明してもらう方が、きっと分かりやすいと思うしね。


 とにかくこれが、僕とこの、無茶苦茶で乱暴な『一つ星盗賊団』との出会いで、

 僕にとって初めての、現実の世界での長い長い冒険の始まりだった。

第四話も、お読みいただきありがとうございます。


ラムライズ号が、ステレオタイプの円盤型の宇宙船なのは、

常に懐事情に悩む一つ星盗賊団には、スタイリッシュな最新鋭の宇宙船は手が届かず、

型落ちの古い宇宙船を中古で買うしかなかったからです。


地球人のリュウにとってのみならず、この銀河の人々にとっても、

円盤型の宇宙船はダサいです……


ブックマーク、評価、ポイントなどいただけると嬉しいです。


引き続き、お付き合いの程よろしくお願い致します。


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