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第三話 目覚めの襲撃

 3,000年前も、僕は毎晩眠っていた。

 何故だかは分からないが、人間の身体というのは、定期的な休息を必要とするらしい。

 仮想世界の中で眠って、そのまま同じ世界で目を覚ますこともあれば、起きた時には違う世界にいることもあった。


 違う世界で目覚めたい場合には、寝る前にそっと、「この世界はもう良いかな」とAIに囁いておくのだ。

 そうすれば、僕が眠っている間に、AIが次の世界をちゃんと準備してくれている。

 必ず僕が夢中になれる、僕のためだけに創られた理想的な世界。 


 そうやって、僕は数え切れない程の世界を旅してきた。

 

 ファンタジー世界の王として世界を導いたり、

 世界を巨悪から救うスーパーヒーローになってみたり、

 逆に、大魔王になってモンスター達を率いてみたりしたこともあった。

 

 後は……


 ちょっと告白するのが憚られるんだけど、僕以外は美女しか存在しない世界とかさ。


 しかも全員が、僕を一目見ただけで好きになっちゃう特別設定付きだった。

 まあ、そういう世界ばっかり行ってたわけじゃないよ。

 たまにはそういう世界を楽しんだこともあるってくらいでさ……


 それから、イルカの群れの中に混じって大海原を自由に泳ぎ回ったのも愉快だった。

 イルカというのは、3,000年前にはもう絶滅してたんだけど、実際に存在するかしないかは関係ない。そもそも全部『仮想』な訳だからさ。

 現実のイルカというものを、僕は見たことがないけれど(というか、僕はほとんど何も、現実で見たことはない)、きっと正確に再現されてたんだと思うよ。何しろ完璧なAIが創る世界なんだからさ。


 AIはいつだって、僕が望むとおりに、新しい世界へと次々に運んでくれた。

 仮想世界の中で遊んで、眠って、また遊んでの繰り返し。

 言い換えれば、僕はずっと夢の中にいたんだ。

 

 本当に眠りながら、つまり仮想世界じゃなくて睡眠の最中に見る夢は、時には不愉快なものもあった。

 よく意味が分からない漠然とした悪夢とかさ。

 

 AIが見せてくれる仮想世界の方がずっと快適で、僕は毎晩眠るのが億劫だった。

 夢ってのは、脳が見せているそうだけど、脳の方ではAIと違って僕に優しくはしてくれないんだよな。

 人間が何かを考える必要なんかなくなっていたわけだから、脳なんてさっさと退化してしまえばよかったのに、何故か今でも鬱陶しく、僕の頭の中で働き続けているらしい。


 3,000年間の眠りにいた間、僕は夢を見なかったように思う。

 ただ、本当に静かに眠っていただけだ。


 地球の滅亡、宇宙盗賊、そして、僕に仮想世界を与えてくれるAIはもう存在しないという『現実』……

 あまりに色々なことが起きすぎて気を失った僕は、本当に久しぶりに、つまり3,000年ぶりに夢を見ていた。


 それは、悪夢ではなかった。

 小さな光がだんだん大きくなっていって、いつの間にか、一つのゴツゴツとした球体に変わっていく。

 最初は、その球体を包むように少しずつ靄が広がって行って、やがてそれが晴れていくと、球体の表面には水や草木が生まれ、段々とその面積が広がっていった。

 そして、虫たちがその表面を這うようになり、水の中では魚が泳ぎ、空には鳥たちが踊っている。


 (これは、地球の歴史なんだ……)と気付いた時、頭をはたかれた衝撃で、僕は夢の世界から引き摺りだされた。


 「ちょっと!乱暴はやめてください……!」


 耳元でナレが怒っている声が聞こえた。

 

 「いつまでも馬鹿みたいに寝てるからよ!」


 と、エルラが僕を見下ろしながら毒づいていた。

 腕を組んで仁王立ちになっている姿は迫力があったが、僕の目はついつい短いスカートの裾の部分に引き寄せられてしまう。


 「このクソ馬鹿……!!」

 

 不埒な視線に気付いたエルラが僕の頭を蹴り飛ばした。

 僕が現実の中で殴られたのは、さっき頭を叩かれたのが生まれて初めてで、今のが人生二回目だ。

 

 殴られた時にどんな顔をすれば良いのか知らなかったんだと言い訳させてほしいんだけど、

 エルラが足を上げた瞬間に、スカートの奥がちらっと見えたから、僕は無意識にニヤついてしまったらしい。


 僕の表情に気付いた彼女は、ハッと顔を赤くしてスカートの裾を引っ張りながら

 「地球人ってのはみんな頭のおかしい変態星人だったってわけ……!?」と悲鳴を上げた。


 「いえ、地球人の変態度は個体によって違うもので……えっと……」

 

 と、ナレが微妙にずれた擁護を試みたが、エルラは侮蔑の籠った目で僕を睨みつけた後、「ふんっ」と鼻を鳴らして背を向けてしまった。


 「起き抜けに申し訳ないですが、ちょっとした緊急事態でして……」

 

 その声で、自分のすぐ後ろにファイツァーが立っていることに気付いた。

 彼は、座り込んでいる僕の腰に手を回して立ち上がるのを助けてくれながら、『ちょっとした緊急事態』について説明を続けた。


 「あなたが気絶してしまった後、エルラがハンクにクレームの連絡をしたんですよ。ハンクというのは、ハンク商会という……まあ表向きには物流業を営んでいるのですが、実際のところはならず者でして……物を運ぶついでに民間船を襲ったり、貨物を強奪したり、何でもやるような小悪党。ちなみに、昔地球に生息していたという『ワニ』によく似ています。あれが二足歩行で歩いている感じです」


 二足歩行のワニ……

 いつかAIが連れて行ってくれた世界の中で、そんなモンスターを見たことがあるような気もする。


 「彼らはその職業柄、色々な土地や噂について詳しいので、我々は彼らから情報を買ってたんですよ。不愉快な人物ではありますが、情報屋が主事業じゃない分、結構リーズナブルに売ってくれますので」


 「個人的には、彼らの情報は確度が極めて低いので、あまり購入に乗り気ではなかったのですが……」


 そう言ってから、ファイツァーはこちらに背を向けたままのエルラに目線を向けた。

 非難されているのだと気づいた彼女は「なによ……?だからちゃんと文句言ったじゃない……」と、バツが悪そうな声で小さくモゴモゴ言っている。


 「まあ、毎回偽情報を掴まされて、激高したエルラがハンクに連絡して、というのがいつものお決まりのパターンなのですが、今回はその後がちょっと違いましてねぇ……」


 ファイツァーがそこまで話した時、暗い空が一瞬明るくなり、足元の地面が音を立てて大きく揺れた。


 「クソ野郎!マジで撃ってきやがった!」

 

 ギアンが空に向かって叫ぶ。彼の視線の先を追うと、こちらに向けて急降下してくる黒い飛行船が見えた。

 恐らくは二人乗りくらいのサイズで、漆黒の上に白い髑髏のペイントを施した両翼が不気味な印象を与える。


 「おやおや、説明している暇もありませんねぇ……」

 

 こんな状況でも冷静なファイツァーの肩に、リーラがひょいっと飛び乗った。

 いくら小さいな身体とはいえ、それはあまりにも身軽な動きだった。

 それに身体自体も、さっき見た時よりも一回り小さくなっているように感じる……


 しかし、彼女の身体の不思議について尋ねている暇はなかった。

 接近を続ける宇宙船から放たれた第二波は、僕らから数メートルくらい離れたところに直撃した。


 「全員、船まで走って!クソ馬鹿野郎を迎え撃つわよ!」

 

 エルラがそう叫ぶと、ギアンとファイツァーも走り出した。

 ファイツァーの肩に乗ったままのリーラと目が合う。

 彼女は、僕を促すように小さく頷いた。

 さっき見た時とは違って、彼女の肌の色が青い半透明に変わっていることに僕は気付いた。


 「行きましょう!」


 ナレが耳元で叫んだ。

 コールドスリープから目覚めてこの方、色々なことが起きる展開が早すぎて頭の整理が全く追いついていなかったが、他に選択肢はなかった。


 「クソっ……!」


 僕は小さく叫んでから、先を走る面々の後ろを走り始めた。

 

 自分の足で走る。これも僕にとっては生まれて初めての経験だった。

第三話。読んでいただきありがとうございます。


書き始めた時、コールドスリープ前の年代設定を、2072年にするか2172年にするか迷ったのですが、

最近のAIの発展など見るに、2072年くらいには仮想現実とか実現しそうだなと考えて、2072年にすることにしました。


そして、自分の健康状態をを管理してくれるAIと仮想現実技術が出来てしまったら、人間はもう何にもしなくなる気がします。

少なくとも私はそういうタイプです……


さて、次回はいきなりの宇宙船です、といっても、派手な打ち合いがあるわけではないですが……


ブックマーク、評価、ポイントなどいただけると嬉しいです。


引き続き、お付き合いの程よろしくお願い致します。

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