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第二話 たった一人の生き残り

 「はい……混乱されるのも分かります……」

 

 パニックで立ち眩みになってしまった僕の肩を、ファイツァーが正面から掴んで助けてくれた。

 いつの間にか僕の足元に移動していたリーラも、震える僕の右足に優しく触れて支えようとしてくれているらしい。

 

 この2人は優しい。少なくとも腕を組みながら向こうに立っているエルラとギアンよりは、この2人の方が僕に対して親身になってくれている。


 僕は改めて周囲を見渡した。

 砂漠のような光景がどこまでも広がるこの場所は、確かに地球とは似ても似つかない。

 殆どの時間を仮想世界の中で過ごしていた僕も、知識としては、地球がどんなだったか知っていた。


 『緑と水の星』

 宇宙で唯一、生命体が発見されている奇跡の星。

 

 だけどここには、一本の木すら生えていなければ、小川の1つも見当たらない。

 完全な不毛地帯だ。

 

 僕は、ファイツァーの両手の力強さを肩に感じながら、そしてリーラの優しさを右足に感じながら、湧き上がってくる混乱の波を何とか抑えようとしていた。

 

 落ち着いて……考えるんだ……


 落ち着くことも、考えることも、これまでの人生では殆ど必要がなかった。

 僕は今、幼い子供のように、何とか自分自身をコントロールしようとしていた。


 「す……すみません……何が何だか分からなくって……」


 それが、僕が精一杯絞り出せた言葉だった。

  

 とにかく、落ち着くんだ……

 自分の置かれている状況を冷静に……


 「私が説明します!」

 

 突然聞こえた女性の声。

 

 びっくりして辺りを見回すと、他の4人もキョトンとした顔をしている。

 つまり、また新しい登場人物というわけだ。

 

 「ここです!ここ!」

 

 僕の右耳が、ぼわっと熱くなってくる。驚いて右手をそこに充てると、右耳に小さなデバイスが取り付けられていることに気付いた。


 「すみません……!起動に時間がかかってしまって……!」


 若い女性の声だった。

 なんというか、今の場にはそぐわない、元気の良い溌剌さで、僕は鼓膜の奥がくすぐったくなるのを感じた。


 「3,000年ぶりですね!リュウさん!」


 リュウというのは僕の名前だ。

 しかし、僕はこの人の声に聞き覚えがない。

 3,000年ぶりと言われても、2072年にだって、僕には知り合いなんていなかったはずだ。

 会話だって、殆どAIとしかしたことがない。


 ん……AI……?


 「そうです!私は、ずっとあなたと一緒にいたAI!こんなことになってしまって、本当にごめんなさい……」


 僕が慣れ親しんできた声とは全く違う。

 僕がいつも話していたのは、もっと落ち着いて抑揚のない、もっと『人工知能的』な声だったはずだ。

 色々なことが起きすぎて、僕の頭はもう考えることを殆ど諦めてしまっていた。


 「私もずいぶん変わってしまいましたから……それも含めて、今からお話しますね……!」


 3,000年前のAIとは、僕が何かを問いかければそれに答えてくれるというやりとりが殆どだった。

 今のように、AI側が話の口火を切って、会話を引っ張って行くという経験はあまりなかった。


 それに、やっぱり何といっても、僕が知っているAIとは雰囲気も何もかもが違いすぎた。


 「まず、先程お話した通り、私はあなたとずっと一緒にいたAIなんですが、でも随分変わってしまいました……」


 僕の混乱を気に掛ける様子もなく、彼女はどんどん話を進めていく。

 やっぱり、僕が知っているAIとはまるで違う……


 「そうですね……私のことは、AIの『なれの果て』ってことで『ナレ』とでも呼んでください」


 そう言ってから、ナレは自嘲気味にクスッと笑った。

 AIの笑い声を聞くのも、僕にとっては初めての経験だった。


 「あ、そうなんですよ。AIとしての役割に変更があったので、今の私は感情を持っています。そこのファイツァーさんと同じですね。技術としては、ファイツァーさんの方がずっと上ではありますが……」


 いきなり名前を呼ばれたファイツァーは、それでも驚いたふうはなく、むしろ軽く微笑みながら「技術に関して、後から作られたものの方が上だという固定観念については聊か疑問がありますが……」と優しく応えた。


 「いえいえ、ご謙遜を……とにかく、今の私は、リュウさんに寄り添うことを目的に、感情を持ったAIに生まれ変わっています。前のような『全知全能型』のAIが、壮大に失敗してしまった結果でもありますが……」


 そう言ってから、ナレは溜息を吐いた。AIの溜息も、僕には初めて耳にするものだった。


 「技術的に私がどう変わったのかは、リュウさんの知的レベルでは理解できないはずなので割愛しますね……」


 さらっとひどいことを言うナレ。しかし、不思議と腹は立たない。頭の中がぐちゃぐちゃすぎて、もう新しい感情が入ってくる隙間がないのかもしれなかった。


 「とにかく、リュウさんに分かっていてほしいことは、私はもう完璧なAIなどではないということと、それでも私は引き続き常に貴方の味方だということです」


 少し声のトーンを落としたのは、きっと彼女にとってこの部分が一番伝えなければいけないところだったからなのであろう。

 僕は、何と答えればよいのか分からずに、小さく「うん……」とだけ返した。

 ナレは、本当にうれしそうな声で「ありがとうございます……!」と即答した。


 とにかく、僕の味方になってくれる人が1人でもいることは嬉しかった。

 身体を持たない様子のナレのことを『1人』とカウントして良いのかどうかは分からなかったけど、とにかく彼女は、僕を助けてくれると言っている。


 「感動の再会って感じのところ悪いんだけどよお。何で地球が滅びたのかってところを、さっさと知りたいね。辺境惑星の歴史にゃ疎くってよお」

 

 ギアンが、大きな体を伸ばしながら、欠伸交じりに割って入った。

 「あんたはどこの惑星の知識も不足してるでしょうよ」とエルラが彼の脇腹を肘でつくと、ギアンは「うっ」とうめいた後に「お前もだろうが……」とやり返した。


 ナレはまた溜息を一つ。

 少し寂しげな声音で話を再開した。


 「簡単に言うと、太陽系外からの攻撃を想定出来ていなかったということです。地球のAIは、基本的に地球内の事象を学習データとしていたので……」


 「そして、惑星グリーガの攻撃を受けて滅亡してしまった……」


 ファイツァーがナレの言葉を引き取って話した。

 

 「はい。たった三時間の出来事でした。地球は完全に破壊され、コールドスリープ中の人類の95%はその時点で消滅。残りの5%も宇宙に投げ出された後に死滅しました。リュウさんたった1人を除いては……」


 リーラが「たった……1人……」とナレの言葉を小さく繰り返した。

 

 それは、本来は僕にとって残酷な響きだったはずだが、そもそも他の人と会ったことがなかったから、自分の星の人々が誰もいなくなってしまったこと自体に悲しみや辛さはなかった。

 さっきは、急に自分1人になってしまったことと、AIがいなくなってしまったことで取り乱してしまったが、ナレがいるというなら話は別だ。また昔のような暮らしに戻れば良いだけじゃないか……


 僕は、俄然元気を取り戻してくる自分自身を感じた。


 「と……とにかくさ、ここはひどく寒いんだよ。さっさと仮想世界に行かせてもらえるとありがたいんだけど……ほら、いつもみたいにさ……?」


 ……


 ……


 ……


 「バカねぇ…私にだって分かるけどさあ……」

 

 沈黙に耐えかねた様子で割って入ったエルラを、ナレが「いえ」と小さく言って制止した。


 「これは、私からお伝えしないといけません……」


 「よく聞いてください、リュウさん。先ほどお話した通り、私はもう完全なAIなどではありません。いえ、完全なAIなど、そもそも存在しなかったわけですが……」


 どうも雲行きが怪しくなってきた。僕は、一筋の汗が流れていくのを感じていた。


 ナレの次の言葉は何となく予想できる。


 だけど、僕はその言葉を聞きたくない。


 言わないでくれ……!


 「私はもう、貴方のために仮想世界を作ってあげることはできません。だからリュウさん……」


 荒涼とした風景の中を、冷たい風が通り過ぎていくのを感じる。

 それなのに、僕の額から流れていく汗の量はどんどんと増していくばかりだ。


 「貴方はこの、3,000年後の現実世界を生きて行かなければならないのです。地球最後の生き残りとして……」


 「Noooooooooooooooooo!」

 

 なぜ英語だったのかは、未だに自分でも分からない。咄嗟に、口から出た叫び声。

 やだ、とか、無理、とかよりも、その時の僕の絶望をより適切に表現出来るのが、No、という言葉だったのかもしれない。


 叫びながら、僕は意識を失った。

 

第二話、お読みいただき、ありがとうございます。


地球滅亡の後は、いきなり地球人ほぼ全滅です。

仮想世界なんて高度な技術があるのであれば、他の星に移住するくらいしていてもおかしくなさそうですが、

人類はみんな仮想世界の中に浸っていたので、そもそも移住の必要自体がなかったんですね。


次回は、気を失っている間に、リュウがさらなるトラブルに巻き込まれます。


ブックマーク、評価、ポイントなどいただけると嬉しいです。


引き続き、お付き合いの程よろしくお願い致します。

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