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第一話 地球滅亡

 「あー、こりゃ完全に外れだわ……」


 最初に聞こえてきたのは、中年男のがっかりとした声。

 僕を覗き込む4人のシルエットが見えるが、光が眩しすぎて、まだはっきりと彼らの表情は見えない。


 「いえいえ、地球人ですからね……ある意味ではとても貴重ですよ」


 いつも聞いていたAIの声に少し似ている。落ち着いていて、あまり抑揚のない話し方。4人の中では一番彼の身長が高いようだ。


 「地球……?地球って何……?」


 幼い女の子の声。これは、一番小さなシルエットの話し声だろう。影の動きだけでも、少しおずおずとしながらこっちを覗き込んでいるのが分かった。


 「それはですねえ……もう大昔の話ですが……」


 先程の落ち着いた声の持ち主が、少女の問いかけに応えようとしたところで、「そんなこと、どうだっていいわよ!」という乱暴な声とともに、一つのシルエットが、にゅうっと顔をこちらへと突き出してきた。


 綺麗だ、と僕は咄嗟に思った。顔のつくりは小さいが、瞳はとっても大きい。それでいて顔全体は絶妙なバランスで整っている。

 瞳と同じ色の紅い髪を頭の後ろで束ねていて、細身だが『出るところは出ている』スタイルの良さ。

 不機嫌そうな表情をしているのは少し残念だが、仮想世界で美人には見慣れているはずの僕でも、ちょっとドキマキしてしまうような美しさだった。


 「いつまで寝てんのよ!?さっさと起きなさいよ!」


 そう言いながら、彼女は強引に僕の右腕をつかんで引き起こそうとする。華奢な体つきなのに、信じられないほど強い力だ。


 「ちょ……ちょっと待って……」


 咄嗟に声を上げようとしたが、喉が渇いていて上手く声が出ない。喉が渇くなんて、生まれて初めての経験だった。今まではいつだって、AIが身体を管理して最適な健康状態を保ってくれていたし、現実世界では、自分の身体の動かし方がイマイチよく分からない。


 「ったく、ヒョロっぽいわねえ……」


 無理やり立ち上がらせた僕の全身を一瞥して、美少女は無遠慮な感想を投げつけてきた。

 確かに、僕の身体はガリガリに痩せているようだ。もともと痩せてはいたんだけど、3,000年も経つうちに、骨と皮だけみたいになってしまったらしい。


 「こりゃだめだ……エルラ。とてもクルーには出来ねえよ。」

 

 中年男がそう言って、お手上げという風に両手を上げる。僕とは対照的な、筋骨隆々の身体。

 顔も大きくって、特に顎が出張っている。その顎の上に載っている無精髭は、髪の毛と同じ金色だった。額には、バンダナを巻いたその上から、大きなゴーグルをつけている。


 「あーもう!このマシンだけでも売り飛ばせないわけ!?」

 

 エルラと呼ばれた美少女はイライラしながらコールドスリープ用マシンを踏みつけながら、長身の男の方を振り返った。


 「3,000年前の、もはやアンティークですからねえ……値が付くとはちょっと思えません……」


 長身の男は、エルラとは対照的な落ち着いた声で答えた。僕がぼおっと彼の顔を見つめているのに気づくと、優しい微笑みを返してくれた。

 黒いスーツのような恰好は、他の3人がカジュアル服装に身を包んでいる中で際立っていた。


 「ねえ、ファイツァー……それってつまり……今回も無駄足だったってこと……?」

 

 小さな少女が長身の男に尋ねた。ファイツァーというらしいその男は、微笑んだ表情のままで少女の方に目を向けて、優しくその頭を撫でた。


 「そうとは限りませんよ、リーラ。さっきも言いましたが、サンプルが殆どない地球人なんですから……彼の身体を弄ってみたりすれば、我々の知らない発見が、何かあるかもしれません。」


 穏やかな調子で、恐ろしいことをサラッと言ってのけるファイツァー。僕がちょっと後ずさりしたのに気づいて「冗談ですよ」と付け加えたが、僕にはもう、何が何だかわからない。


 「ねえ、これって仮想世界の調整がうまくいってないのかな……僕は、なんというか、あまりこの世界は好きじゃないんだけど……」


 僕は、この状況をどこかで見守っているであろうAIに話しかけてみた。今まで仮想世界が気に食わないなんてことは一度もなかったのだが、さすがに3,000年ぶりな訳だから、AIがちょっと失敗したということもあり得そうな話だ。


 ……


 ……


 ……


 AIからの返答はなかった。いつもなら、どんな世界にいたって、僕が望めばいつでも必ず応答してくれるAI。それが、今はたったの一言も発さない。


……


……


……



 僕の身体を、脂汗が流れ出した。

 汗だって、僕にとっては初めての感覚だ。もちろん、仮想世界の中で汗を流したことはあるんだけど、これはその時の感覚とは違う。僕は『現実』の中で汗を流しているのだ……!


 ヤバい、ヤバい、ヤバい


 僕は、やっと状況が掴めてきた。これは、仮想世界なんかじゃなくて、『現実』なんだ。

 コールドスリープの間に地球を復活させるというAIの思惑は、何かしら想定外のことが起きて失敗してしまったに違いない……!

 

 でも、想定外?AIに想定外のことなんてあるんだろうか?

 僕の心の中を様々な考えと感情が駆け抜けていく。今までずっと仮想世界の中で快適に過ごしていたから、僕はそもそも、『考える』ということに慣れていない。


 「あああああああああああああ」


 頭の中を一向に整理出来ず、髪を掻き毟りながら叫びだしてしまった。

 どうしたら良いのか分からない。こんな訳の分からない状況に放り込まれて、僕にはもう、何が何だか分からない。


 「なんなのこいつ……?」とエルラが不審者を見る目つきを僕に向けている。そりゃそうだろう、突然叫びだすガリガリの男。頭がおかしくなってしまったと思われたって仕方ない。


 「もうさ、ゲルドー星辺りで売り飛ばすしかないんじゃねえか?ファイツァーの言うように、珍しい星の生まれだってんならさ。なんかの興味で買い手がつくかもしれねえ……」


 中年男がそういうと、ファイツァーは首をゆっくりと横に振った。


 「ギアン、人身売買は銀河憲章で禁止されていますよ。いくら我々がならず者の盗賊団だからといって、倫理に反する行為は好ましくありませんねえ……」


 ファイツァーがそういうと、ギアンと呼ばれた中年男は、「ケッ」と小さく舌打ちしてそっぽを向いた。

 そのギアンの後ろに隠れるようにしながら、リーラがおずおずとこちらを見つめている。


 「でもこの人かわいそう……一人ぼっちで……」


 少女の優しい呟きは、エルラの「可哀そうなのはこっちよ!ハンクのやつ、また偽の情報掴ませやがって!」という、叫び声にも近い悪態に搔き消された。


 「とにかく……」と言いながら、ファイツァーが僕の方へと一歩踏み出し、握手を促すように右手を差し出してきた。


 「地球では、友好の証として手を握り合ったのでしょう?」


 ファイツァーが言っているのは、僕が生まれるよりももっと昔の地球の話だ。

 僕は生まれてこの方、現実世界で『他の誰か』にあったこともなかったし、当然自分以外の人間に触れたこともなかった。

 それでも、彼との握手の感覚は、僕の心の中に小さな安心を与えてくれて、パニック状態だった僕の精神状態をなだらかにしてくれた。


 「混乱するのも分かります。あなたにとっては突然のことばかりですからねえ……」


 「まずは、何からご説明しましょうか……そうですね……」

 そう言いながら、彼は周囲を軽く見渡す。


 「我々それぞれの名前は、さっきの騒がしいやり取りからで把握されたでしょうから、個々の自己紹介は後にして……」


 「私たちは、まあ、小さな盗賊団です。別に自分たちで名乗っているわけでもありませんが、世間では『一つ星盗賊団』なんて呼ばれています。それから、あなたが今立っているこの星は、惑星ディルガ。太陽系からは約80万光年程離れています」


 惑星ディルガ……聞いたこともない星だ……きっとまだ、人類が見つけていない星だったんだろう。


 そんなことより……


 「え、ここは地球じゃないんですか……?」


 僕の問いかけに、エルラとギアンは少し気まずそうに顔をそむけた。リーラは、ギアンのズボンの裾を握って視線を落としている。


 「そうですね……失礼、そこから話を始めるべきでした」


 そう言ってからファイツァーは小さなため息を一つ吐いた。


 誰かとの会話が初めての僕にだって何となく分かる……

 話しにくそうな、重々しい空気……

 これから僕が耳にすることは、きっと楽しい話ではないだろう。


 聞きたくない……!と思った僕の気持ちは届かずに、ファイツァーはゆっくりと口を動かした。


 「残念ながら……地球は500年前に滅亡しました。データに残っている限り、あなたは最後の生き残りです。」


 僕の頭の中で又してもパニックの渦が渦が暴れだした。

第一話、読んでいただき、ありがとうございます。


いきなり地球滅亡です。しかも眠っている間に無くなってしまいました。

まぁ、ずっと眠っていた主人公にとっては、地球に対して『故郷』のような感覚はないわけですが、

それでもいきなり、大宇宙に放り出されるというのは大変なことでしょう……


主人公の災難はまだまだ続きます。


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